このページでは遺言をめぐる紛争(遺言無効、遺言の解釈に関する紛争)についてまとめています。
遺言をめぐる紛争は、遺言の効力(無効か否か)が争われる場合、遺言の解釈に関する紛争があります。
1 遺言の効力をめぐる紛争
遺言が無効となる場合は、①形式的な要件の欠缺、②実質的要件の欠缺が主なものです。
⑴ 形式的な欠缺をめぐる紛争
形式的な要件の欠缺としては争われるのは、遺言の方式に違反しているとして争われる場合と、証人・立合人の欠格があるとして争われる場合(民法974条)が主なものです。遺言の方式、遺言作成の際の証人・立会人の要件については、それぞれ、以下のリンク先をご確認下さい。争われた事例なども載せています。
⑵ 実質的な欠缺をめぐる紛争
実質的要件として無効となる場合は、遺言能力の欠缺が主なものです。遺言能力については、以下のリンク先をご確認下さい。争われた事例なども載せています。
遺言は一般的に高齢になってから書かれることから、意思能力をめぐって争いになることが多くあります。
対応策としては、
①公正証書遺言にすること
②作成時の医師の診断書を取得しておくこと
③遺言作成時の状況を記録に残しておくこと
などが考えられます。
なお、遺言能力が否定された公正証書遺言の作成に関与していた信託銀行の不法行為責任が問われた裁判例もあり、当該裁判例では信託銀行の責任は否定されているが、一審では一部認められており留意が必要です(東京高裁H25.9.25)。
⑶ 補足
上記の他に、公序良俗違反による無効もありえます。なお、愛人に対する遺贈を含む遺言が公序良俗に反し無効とは言えないとした事例があります(最判S61.11.20)。
また、被後見人が、後見の計算の終了前に、後見人(直系血族、配偶者又は兄弟姉妹は除く)又はその配偶者若しくは直系卑属の利益となるべき遺言をしたときにも無効になります(民法966条1項)。
なお、相続させるものとしていた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡していた場合、遺産のすべてを相続させるとしていた推定相続人が遺言者より先に死亡していた場合は遺言は無効となりますが(最判H23.2.22)、そうでない場合は、直ちに遺言は無効にはならないと解されます(東京地判R3.11.25)。
最判H23.2.22 「遺産を特定の推定相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定し、当該遺産が遺言者の死亡の時に直ちに相続により当該推定相続人に承継される効力を有する『相続させる』旨の遺言は、当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該『相続させる』旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が、上記の場合には、当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないと解するのが相当である」
東京地判R3.11.25 「遺言者が特定の推定相続人に特定の遺産を相続させる旨の遺言をし、当該遺言により遺産の一部を相続させるものとされた複数の推定相続人の一部が遺言者の死亡以前に死亡したとしても、必ずしも他の生存する推定相続人に特定の遺産を相続させる意思が失われるとはいえず、直ちに当該遺言が全部無効となってその効力を生じないとは認め難い。 平成23年最判は、遺言により遺産の全部を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合において、死亡した当該推定相続人に関する部分の効力が問題とされたものであるのに対し、本件は、本件遺言により遺産の一部を相続させるものとされた推定相続人の一部が遺言者の死亡以前に死亡した場合において、本件遺言のうち生存する他の推定相続人に関する部分の効力が問題とされるものであるから、平成23年最判と本件とでは事案を異にするものというべきである。」
また、遺言書本文が封入されていた封筒の裏に、「私が甲より先に死亡した場合の遺言書」との記載あった遺言について、、被相続人の死亡時に甲が死亡していることを停止条件とする遺言であり、甲が生存していることにより遺言は無効としたものとして、東京地判R2.7.13があります(東京高判R3.4.13で控訴棄却)。
2 遺言無効の争い方
遺言無効の争い方は、概要以下のとおりとなります。
⑴ 遺言無効確認の調停
家庭裁判所に家事調停に申立てをします。 なお、調停前置主義が適用されます(家事事件手続法257条、244条)。
⑵ 遺言無効確認の訴え
【当事者について】
原告は、遺言の効力について法律上の利害関係を有する者となります。
被告は、遺言執行者がいる場合は遺言執行者となります(最判S31.9.18)。すでに受遺者に遺贈による所有権移転登記(所有権移転仮登記を含む)がされている場合は、相続人の抹消登記手続訴訟の被告は遺言執行者でなく受遺者となります(最判S51.7.19)。
なお、原則として固有必要的共同訴訟ではありません(最判S56.9.11)。
【訴えの利益について】
現在の特定の法律関係の効力を解決できる場合には訴えの利益があります(最判S47.2.15)。
一部無効確認は訴えの利益がないと解されます(東京地判H2.12.12)。
既に遺言内容が実現しているような場合は訴えの利益が否定されます(最判S51.7.19)。
同様に、遺言書とは別に相続人間で遺産分割協議がされた場合も訴えの利益は否定されます(東京高判H5.3.23)。
遺言者が生きている場合、訴えの利益が否定されます(最判S31.10.4、最判H11.6.11)。
特別縁故を主張する者の訴えの利益は否定されます(最判H6.10.13)
3 遺言としては無効とされても、死因贈与契約と認められる場合があります。
遺言として無効とされた場合、死因贈与契約との主張がなされ、認められた裁判例として以下のようなものがあります。なお、死因贈与であっても執行者の選任は可能と解されており、遺言執行者選任申立事件において、死因贈与契約の執行者として選任されることがあります(水戸家審S53.12.22)。死因贈与契約と認めなかった裁判例として、仙台地判H4.3.26などがある。
水戸家審S53.12.22
押印を欠く自筆証書遺言につき、「遺言書なる書面の内容自体から判断すれば、・・・死因贈与の申込みと解され、・・・死因贈与の申込みに対し当時これを申立人において受諾したことが一応認められるから、右死因贈与契約は当時成立したものということができる。」として執行者を選任しました。
東京地判S56.8.3
自筆証書遺言としては要式を欠くため無効としつつ、被相続人が「自分が死亡した場合には自分の財産の二分の一をXに贈与する意思を表示したものであり、Xはこの申し出を受け入れたものであると認めるのが相当である」としました。
東京高判S60.6.26
証人2名の立会いを欠いた瑕疵により公正証書遺言としての効力は有しない書面につき、死因贈与について作成されたものと認めることができ、550条所定の書面としての効力は否定できないとしました。
4 遺言の内容(遺言の解釈)に関する紛争
遺言の内容に関する裁判例は、個別的な事案が多いため、代表的なものとして、解釈基準となりえる最高裁判例をご紹介します。
最判S58.3.18
「遺言の解釈にあたっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。」
最判H5.1.19
第一遺言で遺言執行者としてXを指定したうえで、第二遺言で、「全部を公共に寄與する。」とした遺言につき、「遺言の解釈に当たっては、遺言書に表明されている遺言者の意思を尊重して合理的にその趣旨を解釈すべきであるが、可能な限りこれを有効となるように解釈することが右意思に沿うゆえんであり、・・・あえて遺産を「公共に寄與する」として、遺産の帰属すべき主体を明示することなく、遺産が公共のために利用されるべき旨の文言を用いていることからすると、本件遺言は、右目的を達成することのできる団体等(原判決の挙げる国・地方公共団体をその典型とし、民法34条に基づく公益法人あるいは特別法に基づく学校法人、社会福祉法人等をも含む。)にその遺産の全部を包括遺贈する趣旨であると解するのが相当である。・・・本件においては、遺産の利用目的が公益目的に限定されている上、被選定者の範囲も前記の団体等に限定され、そのいずれが受遺者として選定されても遺言者の意思と離れることはなく、したがって、選定者における選定権濫用の危険も認められないのであるから、本件遺言は、その効力を否定するいわれはないものというべきである。」として遺言を有効とした。
最判H13.3.13
「遺言者A所有の不動産である東京都・・・をXに遺贈する」とする遺言につき、土地建物を指すか、建物だけを指すかが争点となった。本判決は、「遺言の意思解釈に当たっては、遺言書の記載に照らし、遺言者の真意を合理的に探究すべきところ、本件遺言書には遺贈の目的について単に「不動産」と記載されているだけであって、本件土地を遺贈の目的から明示的に排除した記載とはなっていない。一方、本件遺言書に記載された・・・、Aの住所であって、同人が永年居住していた自宅の所在場所を表示する住居表示である。そして、本件土地の登記簿上の所在は・・・、地番は・・・であり、本件建物の登記簿上の所在は・・・、家屋番号は・・・であって、いずれも本件遺言書の記載とは一致しない。・・・そうすると、本件遺言書の記載は、Aの住所地にある本件土地及び本件建物を一体として、その各共有持分をXに遺贈する旨の意思を表示していたものと解するのが相当であり、これを本件建物の共有持分のみの遺贈と限定して解するのは当を得ない。原審は、・・・本件遺言書作成当時の事情を判示し、これを遺言の意思解釈の根拠としているが、以上に説示したように遺言書の記載自体から遺言者の意思が合理的に解釈し得る本件においては、遺言書に表われていない・・・事情をもって、遺言の意思解釈の根拠とすることは許されないといわなければならない。
最判H17.7.22
被相続人Aは、兄Cの子Yについて、嫡出子として出生の届出をし、Aを筆頭者とする戸籍には、XはAの長男として記載されていた。Aは1項から3項までには、特定の財産について特定人を指定して贈与等する旨記載されており、4項には、「遺言者は法的に定められたる相續人を以って相續を与へる。」と記載されている遺言を遺していたところ、Aの兄弟の子らXらが、Yに対し、Aの相続財産について各法定相続分の割合による持分を有することの確認等を求めて提訴した。第1審、控訴審ともXらの請求を概ね認めたため、Yが上告したところ以下のように判示して破棄差戻とした。
本判決は「遺言を解釈するに当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく、遺言者の真意を探究すべきであり、遺言書が複数の条項から成る場合に、そのうちの特定の条項を解釈するに当たっても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出し、その文言を形式的に解釈するだけでは十分でなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して、遺言者の真意を探究し、当該条項の趣旨を確定すべきである・・・。Aは、・・YをA夫婦の実子として養育する意図で、YにつきA夫婦の嫡出子として出生の届出をしたこと、・・・Yは、A夫婦に引き取られた後Aが死亡するまでの約39年間、A夫婦とは実の親子と同様の生活をしていたことがうかがわれる。そして、Aが死亡するまで、本件遺言書が作成されたころも含め、AとYとの間の上記生活状態に変化が生じたことはうかがわれない。以上の諸点に加えて、本件遺言書が作成された当時、Yは、戸籍上、Aの唯一の相続人であったことにかんがみると、法律の専門家でなかったAとしては、同人の相続人はYのみであるとの認識で、Aの遺産のうち本件遺言書1項から3項までに記載のもの以外はすべてYに取得させるとの意図の下に本件遺言書を作成したものであり、同4項の『法的に定められたる相續人』はYを指し、『相續を与へる』は客観的には遺贈の趣旨と解する余地が十分にあるというべきである。」