このページでは、自筆証書遺言(民法968条)の作成方法の留意点や、その裁判例についてまとめています
遺言は形式を間違えると、無効になる可能性がありますので、注意が必要です。

遺言者が亡くなっていますので、遺言の形式面からしか判断せざるを得ないのが、悩ましいところです。禍根を残さないためにも、遺言を作成する際には、形式面を間違えないように、注意するようにすることがとても重要です。

1 自筆証書遺言(民法968条)のメリット・デメリット

自筆で書いて、原則として自分で保管する方法の遺言です。最初に、メリット・デメリットを確認しておきます。

⑴ 自筆証書遺言の主なメリット

簡単に書くことができます。最近は、遺言作成用の書籍もあり、本の内容に沿って作成することができます。
費用負担がありません
・遺言の存在及び内容を秘密にできます。ただし、死後、遺言の存在がわからなくならないように、身近な人には保管場所などを伝えておくべきです。

⑵ 自筆証書遺言の主なデメリット

作成要件に欠けると無効となるため、注意が必要です。日付が抜けているなどが典型例です。
・保管方法によっては紛失等の危険性が高いです。
偽造の危険性も他の方法に比べると高いと言えます。
・自筆で行う必要があるため、文字を書くのが苦手な人などには負担になります。なお、自筆証書遺言でも、添付する財産目録はワープロ等で印字したものを使えます(民法968条2項)。

2 自筆証書遺言の作成方法について

⑴ 作成する上での留意点(注意点)

①本文は全文を自筆で表示しなければなりません。本文をワープロ等で作成することはできません。よって、遺言者には遺言当時、自書能力(遺言者が文字を知り、かつ、これを筆記する能力)が必要です(参考裁判例:最判S62.10.8)。
ただし、自筆証書遺言であっても、添付する財産目録はワープロ等で印字したものを使用できます民法968条2項)。この場合、偽造防止のため各頁(両名印刷の場合は両面)に署名捺印が必要です(条文上は各頁の印鑑の同一性や、本文との印鑑の同一性は求められていません。)。なお、「目録」に限定はないため、登記事項証明書や貯金通帳の写しでも目録として使うことが可能とされています。

作成年月日を自書しなければなりません。

氏名を自署し、押印しなければなりません。なお連名は認められません(民法975条)。

参考裁判例:
最判S62.10.8 全く目が見えなくても、文字を知り、かつ、自筆で書くことができる場合には、仮に筆記について他人の補助を要するときでも自書能力を有し、逆に、目の見える者でも、文字を知らない場合には、自書能力を有しません。よって、本来読み書きのできた者が、病気、事故その他の原因により視力を失い又は手が震えるなどのために、筆記について他人の補助を要することになったとしても、特段の事情がない限り、自書能力は失われないとした判例。

東京高判R1.7.11 郵便はがきに、遺言とおぼしき内容、日付、氏名の自署、指印し郵送されたものについて、その内容から、自筆証書遺言としての効力を認めなかった事例

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「遺言も意思表示を要素とする法律行為であり、かつ、相手方のない単独行為である以上、これを有効と認めるためには、民法所定の要件を具備していることはもとより、財産処分等の法律行為を行う旨の遺言者の確定的、最終的な意思が遺言書上に表示されていることが必要と解すべきである。
これを本件について見ると、本件24年文書(管理人注:はがきのことを指します)のうち「マンションはYにやりたいと思っている。」という部分は、本件マンションをYに遺贈する意思を記載したと見る余地もあり、また、「こんな事が役立つようでは困るけど一応念のため」という部分も死後の財産処分について言及する趣旨と解し得ないでもない。
しかし、仮に上記のように解すると、Aは、本件各不動産をX1に相続させるとの平成14年文書(管理人注:以前の遺言)による自筆証書遺言を一部撤回する遺言をしたことになるが、自筆証書遺言を作成した経験を有し、かつ、・・・かねてより本件各不動産はX1の自由にさせるという意思を表明していたAが、かかる意思を翻意する旨をYに宛てた私信において表示するというのは、いささか奇異といわざるをえない。また、本件24年文書は、本件各不動産のうち本件マンションについて言及しているだけで、その余の不動産(土地)の処分に関しては触れるところが全くない。加えて、本件24年文書の「マンションはYにやりたいと思っている。」という部分についても、その表現ぶりのほか、Yに対する私信の中の記載であることに照らせば、本件マンションをYに取得させたいという希望ないし意図の表明を超えるものではなく、少なくとも本件マンションをYに遺贈するとの確定的、最終的な意思の表示であると断定するには合理的な疑いが残るところである。
以上を総合すれば、本件マンションを含め、自身の遺産の処分に関するAの確定的、最終的な意思が本件24年文書上に表示されていると認めることはできないから、同文書は、自筆証書遺言としては無効と解すべきである。」

東京地判R2.12.17 遺言書の本文及び署名が遺言者の自書であることを認めたものの、遺言者が押印した事実が認められないとして、自筆証書遺言を無効とした裁判例

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遺言者甲の子供Xらが遺言者の夫Yに対し甲の遺言の無効確認をしたのが本件です。本判決は以下のように説示して、無効としました
「甲は、平成29年2月22日、Aに対して本件遺言書への押印を否定する発言をしていることが認められるところ、被相続人が懇意にしており・・・信頼していた弁護士であるAに対して遺言に関して虚偽の事実を述べる理由はないことや、甲はその約2週間後に原告X1に対しても・・・本件遺言書がノートに書かれている点・・・はこれを下書きであるとする甲の発言と整合していることからすれば、甲がAに述べた上記内容は真実であり、同日時点で本件遺言書には押印がされていなかったことが認められる・・・同年2月22日から甲の死亡に至るまでの間、本件印鑑はYが所持していたこと、甲は、同日、上記のような関係にあったAから本件遺言書に押印をしないよう助言を受けたこと、・・・・同日から甲の死亡までの間はわずか3週間しかないことが認められる。・・・本件遺言書に被相続人が押印したことについては大いに疑問が残るといわざるを得ない。他方、・・・Yは甲の遺産の行方に強い関心を持っていたことが推認されるから、遅くとも甲がYを相続人から廃除し、その遺産を全てXらに相続させる内容の第1遺言書・・・の存在を知った後は、Yには甲の押印の無い本件遺言書に押印をする動機が存在したと認められる。また、・・・本件遺言書は遺品整理後の同年3月22日になって初めてその存在が明らかになったものであることが認められるところ、・・・Yは、遺品整理が終わり第1遺言書の内容を知った後、本件遺言書の発見までのわずかの間にその発見場所である甲の自宅マンションを訪れていること、本件印鑑は、平成28年12月以降、Yが所持していたことが認められることからすれば、Yが本件印鑑を用いて本件遺言書に押印することは現実的に可能であったと認められる。そうすると、Yが甲の意思によらずに本件遺言書に押印した可能性を否定することはできない。これらからすれば、甲が本件遺言書に押印した事実を認めることはできない。・・・よって、本件遺言書は、甲の押印という自筆証書遺言の要件を満たしているとは認められず、無効である。」

⑵ 自筆証書遺言の加除訂正の方法

訂正箇所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない民法968条3項)。なお、ワープロ等で印字した目録の加除訂正も同様の方法による必要があります(民法968条3項)。

東京地判H29.9.13 被相続人が「すべてをまかせる」と記載し、対象者の名前に訂正があるもの訂正方法が上記方法が履践されていなかったものの、訂正後の者に遺贈する趣旨の遺言として有効とした裁判例

⑶ 保管方法について

保管方法に特に定めはありません(遺言者自ら保管するのが原則です)。

なお 自筆証書遺言の法務局での保管制度がありますので、それを利用することも考えられます。保管制度の詳細は、以下リンク先をご参照下さい。

⑷ 相続発生時には、検認が必要となります。

相続発生後に、家庭裁判所で検認手続をする必要があります(民法1004条1項)。

3 自筆証書遺言の作成に関する裁判例①「自筆」に関する裁判利

「自筆」と言えるかどうかについては、以下のような裁判例があります。

⑴ 他人の添え手による補助を受けた遺言

他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、①遺言者が証書作成時に自書能力を有し、②他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、③添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが筆跡のうえで判定できる場合に有効となるとされています(最判S62.10.8)。

有効とされた事例として東京高判H5.9.14、無効とされた事例として東京地判H18.12.26があります。

⑵ 自筆の範囲

カーボン複写によって作成された自筆証書遺言は有効とされています(最判H5.10.19)。

・第三者作成の耕地図に線を引き、区分けした中に相続人らの名を記入することにより分割方法を示した遺言書も自筆証書遺言として有効とした裁判例として、札幌高決H14.4.26があります。

⑶ その他

筆跡鑑定の結果を根拠として自筆性を否定した原審判が取り消され、遺言は遺言者の自筆によるものとされた事例として、東京高判H12.10.26があります。

「○○●○」に「すべてをまかせる」とする遺言の●部分が、▲に訂正され、次に姪の名前である■に訂正されていたが968条2項所定の方式を履践していなかった事案で、姪の名前への訂正を認め遺言を有効とした事例として東京地判H29.9.13があります。

4 自筆証書遺言の作成に関する裁判例②日付に関する裁判例

⑴ 有効とされた事例

・遺言者が遺言書のうち日附以外の部分の記載及び署名捺印し、その8日後に当日の日附を記載して遺言書を完成した遺言について、「民法968条によれば、自筆証書によつて遺言をするには、遺言者がその全文、日附及び氏名を自書し印をおさなければならず、右の日附の記載は遺言の成立の時期を明確にするために必要とされるのであるから、真実遺言が成立した日の日附を記載しなければならないことはいうまでもない。しかし、遺言者が遺言書のうち日附以外の部分を記載し署名して印をおし、その八日後に当日の日附を記載して遺言書を完成させることは、法の禁ずるところではなく、前記法条の立法趣旨に照らすと、右遺言書は、特段の事情のない限り、右日附が記載された日に成立した遺言として適式なものと解するのが、相当である」として有効としました(最判S52.4.19) 。

・第1葉に「昭和46年10月18日」、第2~第4葉に「昭和47年11月10日」と記載された遺言(東京高判S55.11.27

・昭和四八と書くべきところ「昭和二八年」と書いた遺言につき「自筆遺言証書に記載された日付が真実の作成日付と相違しても、その誤記であること及び真実の作成の日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には、右日付の誤りは遺言を無効ならしめるものではない」として有効としました(最判S52.11.21)。

・「平成二千年一月十日」と記載された遺言は「西暦2000年」を表示するものとして有効であるとされました(大阪地判H18.8.29

・平成27年4月13日に本件遺言の全文、同日の日付及び氏名を自書がされ、同年5月10日に押印され完成した遺言書について、「民法968条1項が、自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は、遺言者の真意を確保すること等にあるところ、必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは、かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。」としました(最判R3.1.18

・「昭和五拾四拾年一月参拾壱日」と記載された遺言について、「昭和五拾四年」の誤記であることが明らかとされました(東京地判H3.9.13

・「正和五六年一二月一一日」と記載された遺言について、「正和」の記載は「昭和」の明らかな誤記として有効としました(大阪高判S60.12.11

・「平成元年一一月末」と記載された遺言(東京地判H6.6.28

・自筆証書3葉を入れて封をした封筒の裏面のみに日付が自書されていた事案につき、同一紙質の便せんが用いられ、すべてインクで記載がされており、各葉の欄外に「遺言状(1)」、「遺言状(2)」、「遺言状(3)」と表題及び番号が付されていて、右封筒には、糊のようなもので封がされた封じ目に〆の字が記載されていたことなどから、右3葉の書面及び封筒の一体性を認め、自筆証書遺言の方式として要求される日付の自署があるとしました(東京高判S56.9.16)。

⑵ 無効とされた事例

・「昭和四十五年一月」と日の記載が抜けた遺言(最判S52.11.29

・「昭和四拾壱年七月吉日」と記載された遺言(最判S54.5.31

・遺言書記載の遺言執行者の住所が、遺言書の日付から2年弱程度経過した後に遺言執行者が転居した住所が書かれていたことにより、遺言書の日付が実際の作成日から2年近くも遡った日を記載していることが判明した事案で、作成日の記載がない遺言書と同視すべきものであるとした(東京高判H5.3.23)。

・日付のない遺言書が開封のまま日付のある封筒に納められた事案につき、日付の変更が自由にできることなどから無効とした(岐阜家審S55.2.14

・平成20年4月23日より後の日において作成した,平成19年12月21日付けの遺言(東京地判H28.3.30

・封緘されていない封筒に入った、1枚目の便箋は、紙面の中央付近で何者かの手により縦方向に切り取られて便箋の右半分のみが残存し、遺言書は黒色ボールペンで筆記されているが遺言書の2枚目の下端近くの年や年月日の記載部分のみ鉛筆で筆記されている遺言を無効とした(東京地判R2.10.8

5 氏名の自署、押印に関する裁判例

⑴ 有効とされた事例

・印章に代えて拇指その他の指頭に墨、朱肉等をつけて押捺された遺言(最判H元.2.16

英文の遺言につき、押印がない遺言書(最判S49.12.24

・自筆証書遺言上には署名はあったが押印がなく、封筒の封じ目に押印のあった遺言(最判H6.6.24

・遺言者が自己の名前「正雄」を「政雄」と表示した遺言(大阪高判S60.12.11) 生前自己の名前の表示として政雄を用いたこともあったことや、遺言の内容から、氏名の表示として十分であるとしました。

・自筆証書遺言を記載した書面には遺言者の捺印がなかったが、封筒の封じ目に封印があった遺言(東京高判H5.8.30

・2枚からなる自筆遺言証書の遺言者の署名下に押印がなく、実印による契印のみがあった遺言(東京地判H28.3.25

・「遺言書が数葉にわたるときであっても、その数葉が一通の遺言として作成されたものであることが確認されればその一部に日附、署名、捺印が適法になされている限り、右遺言書を有効と認めて差支えない」とした(最判S36.6.22

・遺言書が2葉にわたり、その間に契印がなくまた綴じ合わされていないが、第2葉は第1葉において譲渡するものとされた物件が記載され、両者は紙質を同じくし、いずれも遺言書の押印と同一の印で封印されて遺言書の署名ある封筒に収められた事案につき、一通の遺言書であると明認できるから、右遺言は有効であるとした(最判S37.5.29)。

・3枚がホッチキスで綴じられている遺言書の2枚目に遺言者の署名及び押印があった遺言(京都地判H16.8.9

⑵ 無効とされた事例

・遺言書には、署名及び押印のいずれもなく、封筒は表に「遺言書」と記載され、裏面には、遺言者の氏名及び封じ目に「封」と判読できる1文字が記載され、遺言者の印影が顕出され、検認時には既に開封されていた遺言(東京高判H18.10.25) 文書と封筒が一体のものとして作成されたと認めることができるのであれば、自筆証書遺言として有効なものと認め得る余地があるものの、一体のものとして作成されたと認められず、署名及び押印のいずれをも欠いているとしました。

・いわゆる花押(署名の代わりに使用される記号・符号)が押された遺言(最判H28.6.3

・書面の末尾に遺言者の署名と、片仮名を崩したサインの様なものと、「も」を○で囲ったものが書かれていた遺言(東京地判H25.10.24