このページでは、公正証書遺言(民法968条)の作成方法の留意点や、その裁判例についてまとめています
公正証書遺言は、公証人が関与しますので、その形式面が問題になることは、ほとんどありませんが、作成経緯などについては、以外に争われており、無効と判断されている裁判例もあります。

なお、公正証書遺言であっても、遺言者の遺言能力(意思能力)が問題とされ、遺言能力がなかった(遺言は無効)とされているケースも結構あります。その点はこのページでは触れていませんので、以下のリンク先をご確認ください。

公正証書遺言の詳細については、日本公証人連合会の以下のサイトでも詳細な説明がありますので、参考にしてみてください。

1 公正証書遺言(民法969条)のメリット・デメリット(確認)

公正証書遺言は、(公証役場で)公証人が作成する遺言書です。最初に公正証書遺言のメリット・デメリットを確認します。

⑴ 主な、公正証書遺言のメリット

・自筆で行う必要がありません。
・公証人が関与して作成されるため、形式面で無効となる可能性は低いです(公証人は、元裁判官や検察官の方が多いです)
公証役場で原本が保管されるため、偽造や紛失のおそれがありません。

⑵ 主な公正証書遺言のデメリット

・一定の費用負担があります(公証役場において公証人に支払う費用などです)。具体的な費用は、冒頭で御紹介している日本公証人連合会の公正証書遺言の説明ページにもございます。
・遺言内容を完全に秘密にすることが難しいです(証人が必要となるため)。

2 公正証書遺言の作成方法について

⑴ 作成方法(作成手順)

証人2人以上の立会いが必要です。なお、①未成年者、②推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族、③公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人は、遺言の証人又は立会人となることができません(民法974条)。なお、証人は遺言者の知り合いである必要はありません。

(公証役場で)公証人が作成をします。

以下の流れで作成されます(民法969条 以下の号番号は同条文の号番号です)。下記の3の裁判例もご参照下さい。
①遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授します(2号)。
公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧します(3号)。
遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押する(ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができます)(4号)。
公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押す5号)。

なお、遺言者が口がきけない場合や耳が聞こえない場合は、通訳人を介して作成することも可能とされています(民法969条の2)。

⑵ 保管方法について

原本は公証役場で保管されます。
なお、平成元年以降に作成された遺言は、日本公証人連合会においてデータベース化されており、検索が可能です。

⑶ 検認

検認手続は不要です(1004条2項)。

3 公正証書遺言の作成方法(969条各号、969条の2)に関する裁判例

⑴ 証人(969条2号)に関する裁判例(いずれも遺言を有効としました)

最判H13.3.27

証人とは別に、遺言の証人となることができない者が同席していても、特段の事情のない限り、遺言公正証書の作成手続を違法ということはできないとした判例

最判S55.12.4

聴力に障害がなければ、目が見えない者でも公正証書遺言の証人適格を有するとした判例

最判H10.3.13

遺言者が、証人2名の立会いの下に、遺言の趣旨を口授しその筆記を読み聞かされた上で署名をしたところ、印章を所持していなかったため、約1時間後に、証人1名のみの立会いの下に、再度筆記を読み聞かされて押印を行ったが、もう1名の証人は、その直後ころに公証人から完成した遺言公正証書を示されて右押印の事実を確認した事案です。
この間に遺言者が従前の考えを翻し、又は右遺言公正証書が遺言者の意思に反して完成されたなどの事情は全くうかがわれない本件において、遺言公正証書の作成の方式には瑕疵があるものの、その効力を否定するほかはないとまではいえないとしました。

⑵ 口授(3号)に関する裁判例

最判S51.1.16(結論:無効)

遺言者が公証人のすべての問に対し単にうなずいただけで、一言も言葉をいわなかった事案につき、「遺言者が、公正証書によつて遺言をするにあたり、公証人の質問に対し言語をもつて陳述することなく単に肯定又は否定の挙動を示したにすぎないときには、民法969条2号にいう口授があつたものとはいえ」ないとしました。

東京地判H20.11.13(結論:無効)

遺言者が、遺言書作成時に、公証人による遺言公正証書の案文の読み聞かせに対し手を握り返して反応しただけであり、また、遺言書の各条項は、自ら口述した文章を記載したものではなく、公証人が予め記載しておいた遺言書案文であったことなども踏まえ、口授があったとは認められないとしました。

大阪高判H26.11.28(結論:無効)

遺言当時遺言者に多発性脳梗塞等の既往症があり記憶力や特に計算能力の低下が目立ち始めていたこと、公証人が事前に遺言の内容が遺言者の意思に合致しているのかを直接確認したことはないこと、公証人が遺言の案の要旨を説明し、遺言者はうなずいたり「はい」と返事をしたのみで遺言の内容に関することは一言も発していないこと、さらには、遺言の内容を踏まえ、⑤など判示の事実関係の下では、「口授」があったということはできないとしました。

最判H54.7.5(結論:有効)

公証人が遺言諸を項目ごとに区切つて読み聞かせたのに対し、遺言者が、その都度そのとおりである旨声に出して述べ、金員を遺贈する者の名前や数字の部分についても声に出して述べるなどし、最後に、公証人が通読したのに対し大きくうなずいて承認した事例につき、「口授」があったとしました。

東京高判H27.8.27(結論:無効)

「同号所定の『遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること』とは、遺言者自らが、自分の言葉で、公証人に対し、遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語ることを意味するのであり、用語、言葉遣いは別として、遺言者が上記の点に関し自ら発した言葉自体により、これを聞いた公証人のみならず、立ち会っている証人もが、いずれもその言葉で遺言者の遺言の趣旨を理解することができるものであることを要するのであって、遺言者が公証人に自分の言葉で遺言者の財産を誰に対してどのように処分するのかを語らずに、公証人の質問に対する肯定的な言辞、挙動をしても、これをもって、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授したということはできないものと解するのが相当である。・・・公証人に対し、「X1に全部。」と述べ、乙から「5人いるのよ、それでいいの?」と尋ねられると、「X2にも。」と述べたが、それ以上は遺言内容について何も語らず、・・・公証人から「これでいいですか。」と尋ねられて、頷いたが、遺言内容について何ら具体的に発言することはなく、亡甲が本件公正証書に記載されている遺言の内容を本件公証人及び証人に語ることはなかったことが認められる。」として口授が認められないとしました。

⑶ 署名・署名の省略(4号)に関する裁判例

大阪高判H21.6.9

署名が判読困難であったが、遺言者の署名と認めた事例

最判S37.6.8

遺言者が、遺言当時胃癌のため入院中で手術に堪えられないほどに病勢が進んでおり、公証人に対する本件遺言口述のため約15分間も病床に半身を起していたため、公証人が遺言者の病勢の悪化を考慮してその自署を押し止めたため、公証人の言に反対してまで自署することを期待することができなかつたような事情があるときは、「遺言者が署名することができない場合」にあたるとしました。

東京高判H12.6.27

脳血栓により、片側の麻痺はあったが、遺言者の右手に麻痺はなく、右手で字を書く気になれば、書けたし、鉛筆も持てたことが認められ、食事も自分で箸を使って食べていたことが認められ、遺言書作成の8日前に写真で右手でグラスを口元に運び、水を飲んでいることが認められるなどの状況から、「遺言者が署名することができない場合」に該当すると認めることはできないとして遺言が無効とされた事例

⑷ 順番に関する裁判例

最判S43.12.20

筆記、読み聞かせ、口授の順番でされた公正証書遺言につき、「右遺言の方式は、民法969条2号の口授と同条3号の筆記および読み聞かせることとが前後したに止まるのであつて、遺言者の真意を確保し、その正確を期するため遺言の方式を定めた法意に反するものではないから、同条に定める公正証書による遺言の方式に違反するものではないといわなければならない」として有効としました。

⑸ 969条の2(通訳人)に関する裁判例

東京地判H27.12.25

遺言者が人工呼吸器を使用していたため、発話が聞き取りにくい場合も「口をきけない場合」に該当し、遺言者を頻繁に見舞って会話した経験から、聞きなれた者も通訳者に該当するとした裁判例(控訴棄却)。

裁判例の詳細を見る
「公正証書遺言は、遺言書の作成に公証人が関与することにより法律に適合した遺言の内容が確保され、公証役場で公正証書を保管するため紛失や改ざんのおそれがなく、遺言書について家庭裁判所の検認の手続を要しない等の利点があるところ、公正証書遺言の方式の特則を定める民法969条の2は、遺言者の口述(口授)を公証人が聴取して筆記するという同法969条所定の手続が遺言者の言語機能障害や聴覚障害等のために困難である場合でも、遺言内容の正確性の確認が担保される方法である通訳人の通訳による申述又は自書をもって口述(口授)に代えることにより、公証人の関与の下での公正証書遺言の利用を可能にするため、平成11年法律第149号によって新設された規定である。このような立法趣旨に鑑み、民法969条の2第1項にいう「口がきけない」場合には、言語機能障害のために発話不能である場合のみならず、聴覚障害や老齢等のために発話が不明瞭で、発話の相手方にとって聴取が困難な場合も含まれると解するのが相当であり、本件のように、老齢で肺疾患や呼吸不全に係る医療措置として咽喉部に人工呼吸器が装着されたことにより、声がかすれて小さくなるために発話が不明瞭で、発話の相手方にとって聴取が困難な場合も、これに含まれるものというべきである。・・・そして、上記の立法趣旨及び「口がきけない」場合の意義等に照らせば、民法969条の2第1項にいう「通訳人の通訳」は、遺言内容の正確性の確認が担保される方法である限り、手話通訳のほか、読話(口話)、触読、指点字等の多様な意思伝達方法が含まれるものと解され、同項の法文上も通訳の方法や通訳人の資格に何ら限定は付されていない以上、本件のように、発話者が老齢で肺疾患や呼吸不全に係る医療措置として咽喉部に人工呼吸器が装着されたことにより、声がかすれて小さくなるため発話が不明瞭で、公証人にとって聴取が困難であり、自ら聞き取ったと思う内容の正確性に疑義がありその確認に慎重を期する必要がある場合に、頻繁に発話者を見舞って会話をしていた経験から、聞き慣れた同人の声質や話し方等を判別することにより発話の内容を理解することができる者が、その判別により理解した内容を公証人に伝え、公証人が自ら聞き取ったと思う内容と符合するかを確認するという方法も、同項にいう「通訳人の通訳」の範疇に含まれるものと解するのが相当である。