このページでは、遺言の撤回についてまとめています
遺言はいつでも撤回することが可能です。また、法律上当然に撤回とみなされる場合もあります(新しい遺言を作成した場合が典型例です)。

撤回したことが明らかでなかったり、複数の遺言が存在すると、紛争の火種になります。撤回するのであれば、火種を残さないようにすることが肝要です。

1 遺言の撤回が認められる場合

⑴ 遺言者が意図的に撤回する場合(民法1022条)

遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができます(民法1022条

原則として撤回行為が撤回されても原遺言の効力は復活しません(民法1025条)が、甲遺言を乙遺言で撤回した後、丙遺言で乙遺言を撤回し甲遺言を復活する旨記載した場合、遺言書の記載に照らし、遺言者の意思が甲遺言の復活を希望するものであることが明らかなときは、甲遺言の効力が復活するとした判例があります(最判H9.11.13)。

⑵ 法定撤回① 抵触遺言の作成等(民法1023条)

法定撤回には、抵触遺言の作成等(民法1023条)と、遺言等の破棄(1024条)があります。これらの場合、遺言は撤回したものとみなされます。

抵触遺言の作成等(民法1023条)
前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなされます。
遺言後の生前処分その他の法律行為が、遺言と抵触する場合も、当該抵触部分は撤回されたとみなされます。

【参考裁判例】
最判S56.11.13 養子縁組したXに遺産の大半を遺贈する旨の遺言をした後に協議離縁したことが、遺贈と抵触するものとして遺贈が取り消されたとされた事例 

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「民法1023条1項は、前の遺言と後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を取り消したものとみなす旨定め、同条2項は、遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合にこれを準用する旨定めているが、その法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないから、同条2項にいう抵触とは、単に、後の生前処分を実現しようとするときには前の遺言の執行が客観的に不能となるような場合にのみにとどまらず、諸般の事情より観察して後の生前処分が前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合をも包含するものと解するのが相当である。

最判S43.12.24 寄附行為に基づく財団法人の設立をする遺言がされた後、遺言者が寄附行為に基づく財団設立行為を開始していが主務官庁の許可による効果の発生する前に死亡した事案で、効果が発生していないため抵触の問題は生じないとしました 

裁判例の説示部分を見る
民法1023条2項の「法意は、遺言者がした生前処分に表示された遺言者の最終意思を重んずるにあることはいうまでもないが、他面において、遺言の取消は、相続人、受遺者、遺言執行者などの法律上の地位に重大な影響を及ぼすものであることにかんがみれば、遺言と生前処分が抵触するかどうかは、慎重に決せられるべきで、単に生前処分によつて遺言者の意思が表示されただけでは足りず、生前処分によつて確定的に法律効果が生じていることを要するものと解するのが相当である。すなわち、遺言後に遺言者がした生前処分がその内容において遺言に抵触するものであつても、それが無効であり、または詐欺もしくは強迫を理由として有効に取り消されたときは、その生前処分は、はじめから法律行為としての本来の効力を生ぜず、または生じなかつたことになるのであるから、その生前処分は遺言に抵触したものということはできない(民法1025条但書参照)。これと同様に、その生前処分が停止条件つきのものであるときは、その停止条件が成就したことが確定されないかぎり、その生前処分は法律行為としての本来の効力をいまだ生じていないのであるから、それが内容においてすでになされた遺言と抵触するものであつても、いまだ遺言に抵触するものということはできず、したがつて、遺言は取り消されたものとみなすことはできない。そして、このことは、右の停止条件がいわゆる法定条件にあたる場合であつても、法律効果が生じていない点からみれば、同様に解することができる。」

東京地判H30.12.10 不動産を親族に遺贈する旨の自筆証書遺言作成後に、不動産業者との間で当該不動産売却のための専任媒介契約を締結し更新したことが、民法1023条2項「抵触」に当たらないとした事例

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甲が遺産を自己の姉Cらに相続させる旨の自筆証書遺言を残したものの、遺産を構成する各不動産を売却するため甲が不動産業者との間で専属専任媒介契約を繰り返し締結し、同各不動産を売却する意思を示すなどしていたことから遺言は撤回されていると主張して、甲と絶縁状態にあった甲の子Xが、相続により自己が同各不動産を取得しているとして、遺言執行者に選任されたYに対し、所有権に基づき、Xが同各不動産を所有することの確認を求めたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
「甲は、本件各不動産につき、本件各媒介契約締結等を行っている。確かに、本件各媒介契約締結等の結果、相手方たる不動産会社において、本件各不動産の買主を発見、媒介し、甲と同買主との間で本件各不動産を当該買主に売却する旨の売買契約が締結された場合には、当該売買契約により本件各不動産の所有権が同買主に移転されることになるため、かかる売買契約の締結は本件遺言に抵触することとなる。
しかしながら、本件各媒介契約締結等は、これにより、相手方たる不動産会社において、甲に対し、買主を探索し、売買契約成約に向けた努力義務、業務の処理状況の報告義務等の義務を負わしめるとともに、成約した場合、甲が相手方に対して仲介料の支払義務を負担するなどの媒介契約上の債権債務関係を確定的に生じさせるものではあるものの、必ずしも売買契約の成約をもたらすものではなく、成約に至る前に媒介契約の有効期間が経過することも当然にあり得るものである。
そして、成約に至る前に媒介契約の有効期間が経過した場合には、Cらに本件各不動産を遺贈する旨の本件遺言の執行が客観的に不能となるものでないから、他に、本件各媒介契約締結等と相まって、これらが、Cらに本件各不動産を遺贈する旨の本件遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかとなるような事情の認められない限り、本件各媒介契約締結等が本件遺言と抵触するということはできない。・・・本件各媒介契約締結等が本件遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかであるといえず、民法1023条2項の「抵触」に当たらない以上、本件遺言が撤回されたとは認められない。」

⑶ 法定撤回② 遺言等の破棄(1024条)

遺言等の破棄(1024条)
遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなされます。なお、公正証書遺言は、原本が公証役場に保存されるため、遺言者が手元の証書を破棄しても、遺言は撤回されたことになりません。
遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、当該目的物について遺言を撤回したものとみなされます。

参考裁判例:最判H27.11.20 赤色のボールペンで遺言書の文面全体に斜線を引く行為は、故意に遺言書を破棄したときに該当するとした事例

2 遺言撤回に関する紛争例(裁判例)

⑴ 前の遺言と抵触する可能性のある後の遺言が存在する場合(1023条1項)の裁判例

東京地判H3.9.30

遺言者が、昭和62年4月7日付公正証書遺言によって甲土地の共有持分3分の1を同棲中であったXに遺贈しましたが、その後、同年12月7日付公正証書によって甲土地を含む遺産のすべてを相続人であるYに相続させるとの遺言をしていた事案で、先の遺言は後の遺言と抵触する部分は撤回したものとみなされるとしました。

東京地判H7.7.26

遺言者の遺産をYに単独相続させるとした旧遺言と、遺産のうち甲土地をXに相続し、甲土地以外の遺産はXに4分の1の割合で分割協議に参加し得るものとするとした新遺言につき、旧遺言と新遺言では遺言執行者が変更されていることや、旧遺言が作成されてから新遺言が作成されるまで13年余りが経過していることなども加味して、遺言者は、旧遺言と両立させない趣旨で新遺言を作成したものというべきであるから、両遺言は全面的に抵触してと解され、旧遺言は新遺言により全面的に取り消されたものとみなされるとした

東京高判H14.8.29

遺産すべてを妻甲に譲るとの自筆証書遺言(第一遺言)後、妻甲存命中は土地家屋その他一切現状を維持し、その死後は土地家屋その他を処分して金に換え、子供らに4分の1を与える旨の自筆証書遺言(第二遺言)につき、原審は第二遺言は第一遺言と抵触するとしましたが、本判決は、第二遺言は、第一遺言を前提に、子供らに対し、妻甲の取得する土地、家屋等について子供らの側から甲に対し、その売却や分割等を求めないことを指示するとともに、甲の死亡後は、その財産の分割方法として、それを換価処分の上、その代金を配分することを指示したものと解すべきであり第二遺言が第一遺言と矛盾抵触するとはいえないとしました。

⑵ 遺言後に遺言者が遺言と抵触する処分その他の法律行為をした場合(1023条2項)の裁判例

高松地判H6.2.18

遺産のすべてをY(妻)に遺贈するという内容の自筆遺言証書を作成していた遺言者が、遺贈の対象となる土地の一部を売却したり、建物の一部を取り壊すなどしたことにつき、売却、取り壊した各不動産は、抵触する生前処分により本件遺言を取り消したものと見るべきであるが、その余の部分については、売却した不動産と遺言に記載された不動産の面積の比率、生前処分にいたった事情、家庭状況等の照らし、遺言者が遺言の全部を取り消したものとみなすことは困難であるから、抵触する生前処分によりその全部を不可分的に取り消したものとはいえず、その余の部分についてはいまだ有効と認めるのが相当であるとしました。

大阪高判H2.2.28

遺産に含まれる複数の土地をYに相続させる旨の公正証書遺言を作成していた遺言者が、当該土地を合筆及び分筆し、一部土地を売却したことについて、売却土地について、生前処分によって取り消されたものとみなされるのは当然であるが、その余はなんら抵触するものではないから、取り消されたものとみなされるいわれはないとしました。