このページでは遺言執行者の就任、終任、権利・義務、報酬、執行費用などについてについてまとめています。
遺言執行者は、遺言(民法1006条)又は、家庭裁判所(民法1010条)により選任されます。遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生じます(民法1015条)。
遺言執行者と相続人との間では委任に関する規定が準用されるため(民法1012条3項、1020条)、遺言執行者は相続人に対して、善管注意義務(644条)や報告義務(645条)などを負います(参考裁判例:東京地判S61.1.28、京都地判H19.1.24)。
これらの事項を前提に、遺言執行者の就職、終了、権利・義務、報酬、執行費用などの詳細を説明します。
1 就任について
⑴ 選任・就任について
遺言執行者は、遺言(民法1006条)又は、家庭裁判所(民法1010条)により選任されます。
なお、遺言書として有効か否か争いがある場合、一見して無効でない限り、家庭裁判所は遺言執行者を選任するのが相当であるとされています(東京高決H9.3.17、東京高決H9.8.6)。
遺言執行者に就職義務はありませんが、就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければなりません(民法1008条、1009条)。
⑵ 資格要件
未成年者・破産者でないこと(民法1009条)。
⑶ 参考(死因贈与契約の執行者について)
死因贈与契約は、その性質に反しない限り遺贈に関する規定が準用されるとされています(同法554条)。従って、死因贈与契約の贈与者は、当該契約が公正証書によるか否かを問わず、当該契約によってその執行者を定めることができる解されます。もっとも、遺贈でなくあくまでも贈与ですので、預金債権を死因贈与した場合、銀行が譲渡禁止特約を理由に、死因贈与の執行者からの払戻請求を拒絶することは信義則に反しないとされいます(東京地判R3.8.17)。
2 執行に関する権利・義務
⑴ 業務に関する権利・義務
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有します(民法1012条1項)。
遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができます(1012条2項)。
相続人との間では委任に関する規定が準用されるため(民法1012条3項、1020条)、相続人に対して善管注意義務(民法644条)や報告義務(民法645条)などを負います。
遺言執行者がある場合、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができません。これに違反して相続人がした行為は、無効ですが、善意の第三者に対抗することができないとされています。(民法1013条)なお、債務者の相続人に対する弁済につき民法478条の適用が認められる余地はあります(最判S43.12.20)。
参考裁判例:東京地判H1.9.10 遺言執行者が指定されているにもかかわらず、包括受遺者の一人が葬儀費用等にあてるために相続預金を払い戻して使用したことが、違法ではないとされた事例。
参考裁判例:仙台高決H29.6.29 遺言者が養子(Y)を推定相続人から廃除する旨記載された公正証書遺言において、遺言執行者に指定した被相続人の子(X)が遺言執行者として養子(Y)の推定相続人廃除を求めた事案において、XとYの間の遺留分減殺請求訴訟においてXがYの遺留分を認める内容の裁判上の和解が成立したことが、廃除申立ての訴訟上の信義則に反するか否かが問題となった事案で、訴訟上の信義則に反しないとした事例
遺言執行者は、遺言に別段の意思を表示がない限り、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができます(民法1016条1項)。
なお、遺言執行者が複数の場合、遺言に別段の意思を表示がない限り、任務の執行は過半数で決します(民法1017条1項)。その場合でも、保存行為は単独で可能です(民法1017条2項)
⑵ 執行費用及び報酬について
執行費用は、相続財産から支払われます(民法1021条)。
また、遺言執行者は相続人に対して費用償還請求権を有します(民法1012条3項、650条)。この場合、各相続人に対して請求し得る額は、全相続財産のうち当該相続人が取得する相続財産の割合で比例按分した額であり、かつ、当該相続人が取得した相続財産の額を超えない部分に限ると解されます(東京地判S59.9.7)。
なお、遺言執行者の提起した訴訟が遺言無効を理由として却下された場合、訴訟費用は遺言執行者個人の負担になると解されます(長野地判S36.12.27)。
遺言執行者は、遺言書に報酬の定めがあればその金額、遺言書に定めが無い場合家庭裁判所の定めにより、報酬を受け取ることができます(民法1018条、648条2項、3項)。
3 遺言執行者の終任
⑴ 解任
遺言執行者に任務懈怠があるなど正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができます(民法1019条1項)。
解任を認めた裁判例としては以下のようなものがあります。
名古屋高決S32.6.1
相続人の意思に迎合し、受遺者の利益を無視して、受遺者不知の間に遺産を不当に廉価で処分し、遺言者の意思の実現を阻止したとして解任を認めました。
東京高決S44.3.3
遺言執行者として職務上の過怠を指摘されることがなくても、遺言執行者が遺言書どおりの遺産分割を望んでいる相続人の一部の者と特段に緊密な関係にあり、相続人全員の信頼を得られないことが明瞭なことが解任の正当事由にあたるとしました。
福岡家大牟田支審S45.6.17
遺言執行者は相続人の一人と意を通じ、他の相続人等との紛争を深刻激化させ、さらに、受遺者全員の意思を全然無視して、その意思に明らかに反して売却した不動産を取戻す訴訟を提起するなどしている状況から、解任申立は相当であるとしました。
東京高決S60.3.15
遺言執行の対象となるべき事項は存在しなくなり、本来は遺言執行者は任務終了により事実上その地位を失っているにもかかわらず、遺言執行者がその地位を保有すると主張して訴訟を提起している場合、遺言執行者解任の審判ができるとしました。
大阪高決H17.11.9
遺言執行者に、相続財産目録作成義務、遺言執行の事務処理内容の報告義務について任務懈怠があり、相続人に対し遺言執行者としての公平性及び信頼性に疑問を懐かせる事実があり、さらに健康状態などから、解任が相当であるとしました。
東京高決H19.10.23
遺言執行者には、相続人に預貯金等の相続財産の管理方法や管理状況を報告しなかった任務懈怠があり、また、相続人が遺留分減殺請求を行使したことを認識しながら、無断で受益相続人のために預貯金等の払戻し等を行うなど、遺言執行者としての職務遂行の適正性、公平性を欠く行為があり、解任につき正当な事由があるとしました。
東京高決H23.9.8
遺言により遺言者が代表者であった甲会社の約6割の株式についての分割方法の指定を委託されていた遺言執行者(弁護士)が、甲社の代表取締役である相続人Xに、自らの子を著しく高額の給与で雇用させたことは遺言執行者がその地位を利用して自己の利益を図るものであり、かつ、Xに甲社の経営を円満に引き継ぐことを希望する旨のた遺言者の意思にも反するものであり、遺言執行者を解任すべき正当な事由があるとは認められないとした原審の判断には、違法があるとしました。
⑵ 辞任
遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、辞任できます(民法1019条2項)。
4 遺言執行と遺留分との関係
遺言執行者は、多くの場合、受遺者、受益相続人やそれに近い者が指定されており、遺留分権利者の関与を嫌がる傾向にあります。
しかしながら、遺言執行者と相続人との間では委任に関する規定が準用され(民法1012条3項、1020条)、遺言執行者は遺留分権利者を含む相続人に対して善管注意義務(民法644条)や報告義務(民法645条)などを負っています。そこで、遺言執行者が遺留分減殺請求を受けた場合、生前贈与などの確認を待たなければ遺留分減殺請求が可能か否かが判明しないとしても、遺言執行者が知りうる範囲で遺留分請求が妥当なものと判断されるのであれば、遺留分権者の権利に配慮して職務を遂行すべきであり、事案によっては、遺言執行を停止又は留保すべきと考えられます(例えば、東京高決H19.10.23は「遺留分の減殺請求が適法にされた以上、その権利は当然に保護されるべきものであるから、遺言執行者としても、遺留分権利者の権利に配慮してその職務を遂行しなければならない」と判示します。)。
もっとも、遺言執行者は生前贈与に関する調査権などを有していないことから、遺留分侵害額を算出することはできないですし、そのような義務もありません。そこで、現実的には、受遺者、受益相続人及び遺留分権利者の了解を取り、遺言執行完了後に受遺者や受益相続人を相手として遺留分減殺請求を行使するように調整し、遺言執行をひとまず完了させるのが妥当であると考えられます。令和元年の相続法改正により、遺留分の法的性格が、物件的な効果から債権的な効果に変更されていますので(民法1048条)、その点からも、遺言執行が終了させたうえで、遺留分権利者と受遺者との間で金銭的な解決を図るのが合理的だと思われます。