このページでは、遺言能力に関する裁判例を紹介しています。
遺言能力とは遺言能力とは、遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識し得るに足りる意思能力です。遺言能力に欠けるものが作成した遺言は無効ですので、遺言能力の有無について争われることは結構あります。公正証書遺言についても、遺言能力を否定した裁判例もありますので注意が必要。
なお、遺言能力については以下のリンク先でご説明しています。

⑴ 遺言能力を肯定した裁判例

広島高判S60.5.31

漢字、平仮名、片仮名が混在した遺言書であり、また手が震えて文字が書きにくいという体調不全があった遺言者につき、遺言作成後の家事調停の各調停期日において代理人なく本人が出頭しており、家事審判官及び家事調停委員は、本人の判断能力の程度を十分確かめ、本人に自由に発言させその意思を確かめて調停を成立させるものであり判断能力に欠陥があつたとは到底考えられないし、遺言作成のころ医師の診問などにも答え雑誌を読むなどしており、判断能力に欠陥があつたことを認めることはできないとしました。

東京高判H10.2.18

脳梗塞を発症した83歳の遺言者につき、1審は遺言能力を否定しましたが、控訴審は、入院中の生活状況、言動、病状等、遺言書作成の契機となった事情、遺言書作成時の状況と遺言の方式などについて詳細な検討を加えたうえで、控訴審における鑑定結果も併せ考慮し、意思能力を有していたと判断しました。なお、鑑定意見を否定する内容の医師の意見書も提出されているが、採用できないとしています。

東京高判H10.8.26

入院中の病院で公正証書遺言をした94歳の遺言者につき、事実関係、医師の鑑定意見及び遺言内容を総合勘案し、94歳の老人としての標準的な精神能力を有していた、遺言の時点では意識の状態も概ね普段どおりに回復していたなどとして遺言能力を認めました。

広島高判R2.9.30

93歳ぐらいで亡くなった遺言者甲が83歳の頃に作製した公正証書遺言につき、アルツハイマー型認知症の進行状況などから遺言能力が問題となりました。原審は遺言能力を否定したものの、本判決は、異論能力を肯定しました。

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「遺言能力の有無の判断については、一般的な事理弁識能力があることについての医学的判断を前提にしながら、それとは区別されるところの法的判断として、当該遺言内容について遺言者が理解していたか否かを検討するのが相当であり、主として〈1〉遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度、〈2〉遺言内容それ自体の複雑性、〈3〉遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等の諸事情を総合考慮することになる。・・・甲は、本件遺言をした当時・・・、少なくともアルツハイマー型認知症の初期症状の様子を呈していたと見ることができるものの、直ちに遺言能力を疑わせるほど重度の痴呆状態にあったとまでは認め難いというべきである。・・・本件遺言は、それ自体複雑な内容とはいえないばかりか、甲が当時有していた認識に従って判断した上で、その意思を表示することができる程度のものであって、アルツハイマー型認知症の初期症状の様子を呈していた甲において、かかる遺言をすることができないというほどのものでもない。・・・遺言内容それ自体の複雑性、遺言の動機・理由、遺言者と控訴人ら及び被控訴人との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等の諸事情を総合考慮しても、甲には本件遺言をする遺言能力はなかったものとまではいえない。さらに、A公証人が本件遺言公正証書を作成した当時、甲の判断能力に問題があるとは感じなかった旨を供述していること・・・や本件遺言公正証書の甲の署名・・・が・・・、意識が清明の状態で書かれたことを窺わせるほどしっかりしたものであったことを併せ考慮すれば、甲には本件遺言をする遺言能力はなかったものとは認められない。」

⑵ 遺言能力を否定した裁判例

東京高判S52.10.13

脳溢血のため倒れた64歳の約11年後(死亡の約1年前)に公正証書遺言をした遺言者につき、遺言当時中等度の人格水準低下と痴呆がみられ、是非善悪の判断能力並びに事理弁別の能力に著しい障害があったとした鑑定結果は相当であるとしました。
なお、公証人も遺言者の簡単な言動からその意思が原稿どおり相違ないものと認めて事を処理しえたからといって、当時の遺言者の精神能力に欠陥が存したことを否足すべきことにはならないとしています。

東京高判S57.5.31

病院で作成した公正証書遺言につき、遺言作成の日には 身衰弱し、言語は不明瞭で聞きとれず、昏迷状態で呼びかけに対しても返事をしなくなり、明朝死亡したことや、担当医が、遺言を作成した時間帯に遺言者が他人と会話を交すことはかなり確実に不可能であったと考えていることなどから、本件遺言公正証書の作成時に、遺言者が遺言の趣旨を口授できたものとは認め難いとしました。

東京地判H9.10.24

病院で作成した公正証書遺言につき、遺言者が遺言をした当時94歳で、脳梗塞の他覚的所見が認められていたこと、主治医が遺言作成当時遺言書を作成することは不可能であったと思われるとの趣旨の意見を述べていることなどから遺言能力を否定しました。
なお、公証人が弁護士を通じて遺言の作成を依頼されたことや、公証人が病室にいた時間が15分程度であったことなどから公証人は遺言者の意思能力の有無に十分に確認した上で遺言書を作成したものとは認め難いとされています。

大阪地判S61.4.24

病院で作成した公正証書遺言につき、遺言作成の2日前から殆ど眠つて状態と完全に意識が消失する状態を行き来したうえで遺言作成の翌日に死亡した遺言者は、遺言作成当時公証人の問いかけにうなずきあるいは簡単な返事で応答したにしても、その意識状態はかなり低下し、思考力や判断力を著しく障害された状態にあり、内容がかなり詳細で多岐にわたる遺言の意味・内容を理解・判断するに足るだけの意識状態を有していたとは認められないとして、遺言能力を否定しました。

東京地判H10.6.12

入院中であった74歳の遺言者が行った自筆証書遺言につき、遺言前年に加齢による老人性痴呆と診断された症状が大きく改善していたとは言いがたいことや、遺言書が極めて乱れた字で書かれ、全体としての文書の体裁も整っておらず、唯一その内容を記載した部分も、漢字のほか、カタカナとひらがなが混在して使用され、かつ、語順も通常でなく、遺言の重要部分の趣旨も明確であるとはいえないことなどから、遺言能力が無かったとしました。

東京高判H12.3.16

公正証書遺言につき、控訴審で行われた鑑定などによれば、遺言作成の2年ぐらい前の86歳のころから理解力が低下し記憶障害があり遺言書作成の時点では高度の痴呆状態にあったということができることや、遺言が本文14頁、物件目録12頁、図面1枚という大部のものであるうえ、その内容は極めて複雑かつ多岐にわたるものであって、高度の痴呆症状にあった遺言者が理解し、判断できる状況になかったことは明らかであり、遺言能力に欠けるとしました。

東京地判H26.11.6

89歳の遺言者が行った公正証書遺言につき、遺言作成の数ヶ月前の入院における診療録または看護記録に認知症であったことを示す記録があり、また遺言作成後の診療録または看護記録にも、同様の記録があったことから遺言能力を否定しました。
なお、遺言者が公証人と会話したことは遺言能力を有していなかったことと矛盾する事実とはいえないとされています。

東京地判H28.8.25

公正証書遺言につき、公証人は遺言者が遺言能力を有していたとする意見を述べましたが、遺言作成当時にアルツハイマー型認知症と診断をした医師の、遺言者は遺言に必要な複数の情報を同時に想起して判断をするという精神的作業を行う能力を有しておらず遺言をするに足る意思能力はなかったという意見を重視し、遺言能力は認められなかったとしました。

東京高判H25.3.6

公正証書遺言につき、遺言作成時点で81歳であった遺言者はうつ病と認知症に罹患しており、直前に精神科による情動不安定、易怒性、常同保続の所見から種々の薬剤が処方されていた状態であり、また、従前の自筆証書遺言に代わる遺言を作成する合理的な理由がないとして遺言能力を否定しました。なお公証人は本人確認の不十分、受遺者を排除していない、署名の可否を試みていない、太郎の視力障害に気づいていない、任意的後見契約を被相続人が理解できたかなどの諸点に疑問があるとしています。

東京高判H22.7.15

公正証書遺言につき、遺言作成時点で87歳であった遺言者は、認知症が進行しており、遺言の内容も併せ考え、遺言事項の意味内容や当該遺言をすることの意義を理解して遺言意思を形成する能力があったものということはできないとしました。遺言作成に2名の司法書士が立ち会っていますが、当日遺言者に初めて会ったものであり、医師や介護施設職員の意見を聴取していないことからすると、立会人が遺言能力があると感じたとしても、これによって上記認定が妨げられることはないとしています。

東京高判H21.8.6

自筆証書遺言につき、遺言者は遺言をした時点で、見当識障害、記憶障害等の症状は持続しており、アルツハイマー病と脳梗塞の合併した混合型痴呆症によりやや重い痴呆状態にあったものと認められ、残してある録音内容も遺言者が自主的に発言しているものではなく、Yの指示を受けて発言していることがうかがわれるものであり、遺言能力に欠けていたと判断するのが相当であるとしました。

横浜地判H18.9.15

遺言者は、中等度から高度に相当するアルツハイマー型の認知症にり患しており、そのため恒常的な記憶障害、見当識障害等があり、しかも、記憶障害は子の数や病歴などの長期的な記憶についての障害も発生しており、また、会話についても話しかければ応答はあるが簡単な会話のみに応答する程度であったことに加え、遺言の内容が比較的複雑なものであったことなどから、遺言の内容を理解し、判断することができていたとは認め難いとしました。

東京地判H18.7.4

公正証書遺言につき、遺言者は、「遺言当時、重度のアルツハイマー型認知症のため、遺言の内容及び当該遺言に基づく法的結果を弁識、判断するに足りる能力を失っていたものというべきである。」としました。なお、公証人については、公証人は遺言者が認知症であることを告げられておらず、また公証人は、遺言者の遺言能力の有無を十分に確認した上で本件遺言書を作成したものということはできないとしています。

東京地判H11.11.26

公正証書遺言につき、遺言者の病状は、アルツハイマー型痴呆に血管性痴呆が加わった混合型であったと推認することができ、夜間徘徊、記憶障害、場所的見当識障害、時間的見当識障害が顕著の他、常識的感覚を喪失するなど、時間の経過に従って痴呆の度を深めていき、理解力、判断力にも重度の障害をきたすようになったことに加え、遺言の内容も勘案し遺言能力を有していなかったとしました。

東京地判H29.6.6

遺言者Aの公正証書遺言につき、遺言者につき「本件遺言を行った当時、アルツハイマー型認知症により、その中核症状として、短期記憶障害が相当程度進んでおり、自己の話した内容や人が話した内容等、新たな情報を理解して記憶に留めておくことが困難になっていたほか、季節の理解やこれに応じた適切な服装の選択をすることができず、徘徊行動及び感情の混乱等も見られるようになっていたということができるから、その認知症の症状は少なくとも初期から中期程度には進行しており、自己の遺言内容自体も理解及び記憶できる状態でなかった蓋然性が高いといえる。」としたうえで、遺言内容が複雑であることも踏まえ、遺言能力を否定しました。

東京地判H29.4.25

遺言者Aの秘密証書遺言につき、Aが進行した認知症により理解及び判断能力を著しく損なっていたにもかかわらず、遺言の内容が複雑であることを踏まえ、Aが複雑な遺言証書の内容及びその法的効果について理解することができる状態にはなかったとして、遺言能力を欠き遺言を無効したしました。

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「Aの認知症の進行状態ないし医学的に見た場合のAの理解及び判断能力を前提として、本件遺言をする時においてAが遺言能力を欠いていたかどうかについて、検討する。・・・本件遺言証書の内容は、本件不動産及び本件区分建物を相続する者を指定するとともに、国内外の四つの会社ないし企業体に係る株式及び出資金についてその分配を決定すること、当該会社ないし企業体の経営権をY1及びX1に配分すること、各相続人がAよりも先に、又はAと同時に死亡した場合の相続についてそれぞれその相続人を指定すること、相続税の支払の原資について指定すること、遺言執行者の指定をすることであり、A4版用紙の四枚にも及ぶ長文のものであって、また、その分配に供される財産の総額は、18円近くにも及ぶというのである。これらの内容は、決して単純な内容ということができるようなものではなく、本件遺言証書の内容の性質、意義、条件及び総額に照らし、むしろ複雑なものであったと評することができる。・・・Aが進行した認知症にあり、その理解及び判断能力が著しく損なわれていた状態にあったということを前提として考えると、Aは、上記のように複雑な本件遺言証書の内容及びその法的効果について理解することができる状態にはなかったものというべきである・・・。・・・以上によれば、本件遺言をする時においてAが遺言能力を欠いていたものと認めることができる。」
東京地判R3.3.31

平成23年6月に「アルツハイマー型認知症」と診断された遺言者Aが平成25年11月に作製した、概要「本日までにした一切の遺言を全部撤回する」旨の内容の公正証書遺言につき、Aに遺言能力が欠けるとして無効としました。