このページでは、遺産分割の瑕疵についてまとめています。
遺産分割の瑕疵とは、遺産分割の当事者を誤っていた場合や、遺産分割の対象となっていた相続財産に謝りがあった場合などが考えられます。
全体として遺産分割協議を再度行わなければならないケースと、誤っていた部分だけ修正するケースが考えられます。事案ごとに、検討をしています。また、遺産分割の瑕疵が争われた場合に、主張されることが多い相続回復請求権についても触れています。

1 相続人(遺産分割の当事者)に関する瑕疵

相続人に対する瑕疵は、以下のように整理されます。

⑴ 協議参加者が無資格であった場合

具体的には、以下のような事例です。
①遺産分割時点で相続人でなかった場合(戸籍の記載の誤り、不在者財産管理人を選任したところ不在者が被相続人より先に死亡していたことが後から判明した場合など)
②遺産分割後に遡って相続資格を失った場合(相続人廃除の審判、嫡出否認、認知無効の各裁判が確定した場合など)

無資格者がいなければ分割の結果が大きく異なったであろう特別の事情があるときを除き、無資格者に分割された部分のみを再分割すべきと解されます(大阪地判H18.5.15)。

なお、特別代理人の選任が必要であるにもかかわらず選任せずに遺産分割協議をした場合は無効と解されます(東京高決S58.3.23)

東京高決S58.3.23 相続にである親権者が、子供を代理して遺産分割審判に加わることが利益相反に該当するとした決定

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共同相続人の一人である親権者が他の共同相続人である数人の子を代理して遺産分割の手続に関与することは、民法826条1項及び2項にいう利益相反行為に当たるものというべきである。すなわち、民法826条1項及び2項の利益相反行為とは、行為の客観的性質上親権を行う者とその子との間(1項)又は数人の子相互間(2項)に利害の対立を生じるおそれのあるものを指称するのであつて、その行為の結果親権を行う者と子との間又は数人の子相互間に現実に利害の対立を生じるか否かは問わないものと解すべきところ、遺産分割に関する手続は、その行為の客観的性質上共同相続人間に利害の対立を生じるおそれのある行為と認められるから、右条項の適用上は、利益相反行為に該当するものといわなければならない(最高裁判所昭和46年(オ)第675号、昭和49年7月22日第一小法廷判決、家庭裁判月報27巻2号69頁参照)。したがつて、共同相続人中の数人の子が他の共同相続人である親権者の親権に服するときは、右の数人の子のために各別に選任された特別代理人がその各人を代理して遺産分割の手続に加わることを要するのであつて、共同相続人の一人である親権者が数人の子の法定代理人として代理行為をしたときは、右の数人の子全員につき前記条項に違反することとなり、かかる代理行為によりされた遺産分割の手続は無効であるといわなければならない。そして、この理は、共同相続人の一人である親権者が相続人本人としての地位のほか子の法定代理人としての地位に基づいて一人の弁護士を代理人に選任し、その弁護士が親権者及び子の共通の代理人として手続に関与した場合であつても、異なるものではない(もつとも、親権者及び子のために選任された特別代理人の両者が共通の代理人として一人の弁護士を選任し、その結果その弁護士が手続に関与した場合には、前記条項の適用上は何ら問題がなく、双方代理行為についても右の両者があらかじめ許諾したものと解することができるであろう。)。してみると、本件においては、雪男及び松男につき各別の特別代理人を選任してこれを代理させた上、遺産分割の手続に関与させなければならないものというべきところ、この方法をとらなかつた原審判は、この点において違法であり、その余の点について判断するまでもなく取り消すべきである

⑵ 新たな相続資格者が判明した場合(相続人が含まれていなかった場合)

事例としては①当初からの相続人が判明した場合と、②相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求する場合が考えられます。

当初からの相続人が判明した場合は、分割は無効で、分割をやり直すことになると考えられます。

②ただし、他の相続人が既にその分割その他の処分をした後に、相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求する場合は、価額のみによる支払の請求権を有します(民法910条)。
・この場合の価額支払請求の遺産評価の基準時は請求時であり、他の相続人は、履行の請求を受けた時に遅滞に陥ります(最判H28.2.26)。
民法910条に基づき支払われるべき価額は、消極財産(相続債務)があったとしても、分割の対象とされた積極財産のみを算定の基礎とすべきとされています相続債務が他の相続人によって弁済された場合や、他の相続人間において相続債務の負担に関する合意がされた場合であっても同じです。(最判R1.8.27)相続債務の負担は910条の支払請求とは別個に考慮すべき問題となります。
民法910条に基づく価格請求は審判事項でなく訴訟によります(名古屋高決H4.4.22、東京地判H28.10.28)。
・被認知者が相続人の子で、かつ被相続人に他に子がある場合、被相続人の配偶者に対して価格請求はできないと解されています(東京地判H28.10.28)。
・死後認知によって相続人になった者は、民法910条の価額支払請求によって遺留分の回復を請求できます(東京高判H29.2.22)。

2 遺産に関する瑕疵

遺産に関する瑕疵は、以下のように整理されます。瑕疵の程度によって、取扱が異なります。

⑴ 遺産の脱漏(遺産分割の対象にすべきものが漏れていた場合)

原則は、脱漏された以外の部分は有効であり、当該脱漏部分につき新たに遺産分割をすれば足ります(東京高判S52.10.13、大阪高決R1.7.17)、

大阪高決R1.7.17 遺産分割協議成立後に発見された遺産の分割を求めた事案で、先行する遺産分割協議の際に各相続人の取得する遺産の価額に差異があったとしても、新たに発見された遺産の分割を法定相続分で行うことが妥当した裁判例

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「X及びYは、先行協議の際には本件遺産の存在を知らなかったのであって、先行協議の対象となっている財産のほかに、分割対象となる遺産があるとは考えていなかったと認めるのが相当である。そして、一件記録によれば、先行協議の対象となった被相続人の遺産には、不動産のほか、現金や預貯金もあったところ、Yは、現金や預貯金は取得せず、本件各土地と農耕具などを取得し、Xは現金200万円のみを取得しているのに対して、亡甲は不動産のほかに183万円余りの預貯金と現金100万円も取得することとして、相互に代償金の支払を定めることもなく遺産分割協議が成立していることが認められることからすると、先行協議の当事者は、各相続人の取得する遺産の価額に差異があったとしても、そのことを是認していたものというべきである。そうすると、先行協議の際に判明していた遺産の範囲においては、遺産分割として完結しており、その後の清算は予定されていなかったというべきであるから、、その後に発見された本件遺産の分割において、先行協議で各自が取得した財産の価額を考慮するのは相当でなく、本来の相続分に応じて、各自が取得する財産の価額を定めるのが相当である。

ただし、漏れていた遺産が広範にわたっていたなどの場合には、遺産分割協議は無効ないし不成立として、再度すべての遺産について遺産分割協議を行うべき場合もあります東京地判H27.4.22、福岡家小倉支審S56.6.18)。

⑵ 遺産以外のものを遺産分割の対象にしていた場合

遺産対象外の物が遺産の大部分または重要な部分であると扱われていたなどの特段の事情のない限り、遺産対象外の物についての分割の効力のみが否定され、その余の遺産についての分割は有効であると考えられます(名古屋高決H10.10.13)。

3 遺言が遺産分割後に発見された場合

遺言が遺産分割後に発見された場合、原則として分割は錯誤無効と考えられます(最判H5.12.16

もっとも、遺言の内容を了解したうえで、相続人全員(及び包括遺贈がある場合は受遺者を含めて)の合意あれば、遺言と異なる遺産分割協議をすることも許されると解されます。

4 遺産分割協議の参加者に意思表示の瑕疵があった場合

遺産分割協議の参加者の意思表示の瑕疵は、意思表示の瑕疵の原則に基づいて処理されます。裁判例としては以下のようなものがあります。

⑴ 錯誤無効を認めた事例

最判H5.12.16

遺言があることを相続人全員が知らずにされた、遺産分割協議がされた事案で、要素の錯誤がないとはいえないとしました(錯誤の成否について審理を尽くすため差戻された)。

広島高松江支決H2.9.25

被相続人の預金の額につき、相手方の虚偽の説明により誤信した額を前提に一定額の金員を取得してその余の請求はしないとした意思表示に、要素の錯誤があり、無効であるとされました。

東京地判H27.4.22

被相続人が保有していた全ての預貯金及び株式の内容を知らないまま、相手方が作成した遺産分割協議書にはそのほとんどが記載されているものと信じて応じた遺産分割協議に係る意思表示に、要素の錯誤があり、無効であるとしました。

東京地判H11.1.22

相手方が提示する分割案は遺言に従った分割よりも有利であり、いかなる手段に訴えてもこの案を上回る額の遺産を取得することは不可能であると信じて、遺産分割協議に応じたことが錯誤にあたり、かかる錯誤は動機の錯誤ではあるが、相手方に表示されているなどとして、遺産分割協議は錯誤により無効としました。

⑵ 詐欺取消を認めた事例

長崎家審S51.12.23

被相続人Aは莫大な遺産があるにもかかわらず、これを秘し、遺産はないものと誤信せしめたことが欺罔行為に該当し、それによってて錯誤に陥り、その錯誤により持分放棄の意思表示をするに至ったことが、取消しの対象となるとしました。

⑶ 錯誤無効を認めなった事例

東京高判S59.9.19

遺産の価額を時価の半額程度と誤認して行われた遺産分割の合意は錯誤にあたるとした。ただし、十分な調査を行うことが可能であったにもかかわらず行わなかったことが表意者の重過失にあたるとして、結論としては錯誤は認めませんでした。

神戸家審H4.9.10

相手方が被相続人の妻らの将来の生活を保障するとの約定の下に遺産の全部を相手方に取得させる内容の遺産分割協議が成立した後、相手方が扶養義務を果たさないとして錯誤無効の主張をして改めて遺産分割が申立てられた事案で、相手方は一定期間扶養義務を果たしており、遺産分割協議そのものに要素の錯誤があったとすることはできないとしました。

5 手続上の瑕疵

手続上の瑕疵として問題となるものとして、以下のものがあります。

⑴ 協議の瑕疵

相続人が一堂に会することなく、持回りの方式により遺産分割協議をすることも可能ですが、他の相続人に関する協議内容を提示されていなかったときは、遺産分割協議が不成立になる可能性があります仙台高判H4.4.20

⑵ 利益相反

親権者が相続人である数人の子を代理してした遺産分割の協議は、追認のない限り無効となります(最判S48.4.24)。

⑶ 相続開始前の遺産分割

遺産分割協議は相続開始後における各相続人の合意によって成立したものでなければ効力を生じないというべきですから、相続開始前の遺産分割協議は無効ですが、相続開始後、各相続人がこれを追認したときは、新たな分割協議と何ら変わるところはないから、これによって効力を生じることになると解されます(東京地判H6.11.25)。

6 遺産分割協議を再度行った場合の事後処理に関する裁判例

遺産分割協議を再度行った場合の事後処理に関する裁判例としては以下のようなものがあります。

⑴ 相続開始後の相続財産から生じる賃料の精算について

高松高判H31.2.28 遺産分割協議が意思能力に欠ける相続人がいる中でされたため無効とされ、再度の遺産分割協議が確定した後に、相続人の一人が、他の相続人に対して相続開始後の遺産が生じる賃料を収取したとして悪意の占有者として法定相続分に応じた返還請求を認めた事例

⑵ 相続税の負担額の精算

大阪地判H6.5.11 ある相続人が負担した相続債務等を相続税申告から除外し、これを他の相続人が負担したかのように仮装したことによって、相続税を過大に負担する者と過少に負担する者が発生した場合であっても、過大に負担した者から過少な負担にとどまった者に対する不当利得返還請求は認められないとした裁判例

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XがYに対し、事実と異なる相続税申告の結果、Xは正当な申告をした場合に比較して多額の税負担をして損失を被り、他方、Yは正当な申告をした場合に比較して右以上の利得を得たとして、不当利得の返還を求めたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
「民法703条以下の不当利得の制度は、法の技術的な適用によって生じた財産的価値の移動を公平の理念に基づいて調整しようとするものであるが、本件申告によるXの損失は、仮装内容の申告の結果本来納めるべき税額を越えた相続税を国に納めたことによって国に対する関係で生じているものに過ぎず、他方、Yの「利得」も、本来国に納めるべき相続税を納めていないことによって国との関係で生じているものであって、XとYの間で社会通念に照らし何らかの財産的価値の移動が行なわれた結果生じたものではない。したがって、右の不公平は、本来、国との関係においてをそれぞれ調整されれば足りるものであって、これをXとYの間において公平の理念に基づいて直接調整しなければならないとするいわれはないのみならず、むしろ、これを行なうことは、相続人らの間で何らかの目的で相続税法の規定に反してなされた虚偽の相続税の申告の結果生じた税額の「不均衡」を納税義務者の間で私的に調整することを容認しかつそれを強制することであって、虚偽の申告を追認し補完する結果ともなって、かえって相当でない。
・・・・Xの相続税の過大負担は、Yの相続税額を減額するためのものではなく、実質的には、甲の課税上の利益を図る目的でなされたものであるから、前記相続税額の計算式の関係でYの税額が反射的に減少している点はともかく、経済的、実質的な意味での損失と利得の関係は、むしろXと甲の間にあったことが明らかである。・・・そうすると、本件においては、公平の理念に照らしてみても、Xの財産又は労務によってYが利得を得たというような不当利得制度における因果関係が認められないというほかはないから、XのYに対する不当利得の返還請求権は成立しない。

高松高判H31.2.28 遺産分割協議が意思能力に欠ける相続人がいる中でされたため無効とされ、再度の遺産分割協議が確定した後に、相続人の一人が、他の相続人に対して、相続税の負担額が過納になったとして、不当利得返還請求を求めたものの、認められなかった裁判例(上記⑴で紹介している裁判例の反訴です)。

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XがYに対し、事実と異なる相続税申告の結果、Xは正当な申告をした場合に比較して多額の税負担をして損失を被り、他方、Yは正当な申告をした場合に比較して右以上の利得を得たとして、不当利得の返還を求めたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
「結果として、Xらの出捐によってYが相当額の相続税の納付義務を免れたともいえるから、この点について不当利得が成立する余地がないでもない。・・・しかしながら、〈1〉 相続税が採る申告納税方式の下においては、共同相続人間に生じたこれらの納税額の不均衡は、結局、国との関係で生じているものにすぎず、Y及びXらとの間で具体的な財産価値の移動が行われたものではないこと、〈2〉 国税通則法及び相続税法が納税後に一定の後発的事由が生じた場合には更正の請求の制度を設け、これにより納付すべき税額等の調整を図っていることからすると、Xらが更正の請求をしなかったことから、Yが増額更正を受けず、結果的に相当額の税金の納付を免れたとしても、それは反射的な利益にとどまるものと評価する余地もあり、直ちに不当利得にいう『受益』に当たるといえるかについては疑問なしとしない。
 ・・・このような本件の諸事情の下では、Xらの過納は、主としてXらの行為を原因とするものといえるのであって、所論のようにXらの過納部分を「損失」とし、Yが本来納付すべき税額と実際納付した税額の差額を「利得」と捉えることを前提としても、これらの間に因果関係を肯定することは困難であり、また、上記のように、自らの行為を原因として過納部分を生じさせたXらが、更正の請求をすることもなく、Yに上記差額の支払を請求することは信義則に反するというべきである。」

7 相続回復請求権(民法884条)とは

⑴ 内容

相続回復請求権とは、表見相続人(相続人でないにもかかわらず、相続人と称する者)が相続財産を占有し、相続権を侵害している場合に、真正相続人が相続財産の返還など相続権の侵害を排除して、相続権の回復を求める権利です(民法884条)。
遺産分割に瑕疵がある場合(特に遺産の範囲に瑕疵がある場合)、侵害した側が消滅時効を援用するとして争われることが多いです。

⑵ 権利行使期間(時効期間)

下記のいずれは早い時期。
・真正相続人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間
・相続開始の時から20年

⑶ 相続人間で、相続回復請求権の時効を主張することができるかは争いがあります。

相続人間にも民法884条は適用されると考えられていますが、悪意者または合理的理由を有さない相続人は消滅時効を援用できないとされています(最判S53.12.20)。また、相続人からの取得者が民法884条による消滅時効を援用する場合も、譲渡人である相続人につき善意かつ合理的理由が必要とせれています(最判H7.12.5)。

相続人間で相続回復請求権の消滅時効を援用しようとする者は、相続権侵害の開始時点において、善意かつ合理的理由があったことを主張立証しなければならないとされています(最判H11.7.19)。つまり、消滅時効を援用する側に、善意かつ合理的理由の立証責任があります。

また、まれの例だとは思いますが、表見相続人が取得時効を取得できる場合、相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、表見相続人は財産の所有権を時効により取得できるとされています(最判R6.3.19)。

最判R6.3.19 裁判例の詳細を見る
民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効と同法162条所定の所有権の取得時効とは要件及び効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない。また、民法その他の法令において、相続回復請求の相手方である表見相続人が、上記消滅時効が完成する前に、相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存しない。そして、民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにある(最高裁昭和48年(オ)第854号同53年12月20日大法廷判決・民集32巻9号1674頁参照)ところ、上記表見相続人が同法162条所定の時効取得の要件を満たしたにもかかわらず、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成していないことにより、当該真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられると解することは、上記の趣旨に整合しないものというべきである。以上によれば、上記表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができるものと解するのが相当である。