このページでは、相続放棄ができなくなる場合(法定単純承認)についてまとめています。
被相続人(=亡くなった方)の資産よりも借金のほうが多い可能性がある場合、相続放棄を検討することになります。しかし、一定の場合、相続放棄をしてくても、できなくなります。これを法定単純承認といいます。裁判例の紹介もしています。

1 主な関連条文

民法920条 
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。

民法921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす
 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

2 法定単純承認(921条)

相続人が相続財産の処分などを行うと、相続承認の意思表示がなくとも承認があったものとみなされ、相続放棄ができなくなります民法921条)。これを法定単純承認といいます。以下のように整理されます。

⑴ 民法921条1号(相続財産の処分)

相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき、相続放棄ができなくなります。

・相続開始の事実認識(少なくとも被相続人が死亡した事実の確実な予想)がなければ、相続財産の処分により法定単純承認の効果は発生しません(最判S42.4.27)。

最判S42.4.27の裁判例の詳細を見る
被相続人Aは家出をして同日自殺をしていたが、死体が発見されたのは4か月後であった事例で、相続人YがAの家出翌月に自己が設立した会社にA所有にかかる物件を使用させるなどをしていたことにつき、Aの債権者Xが法定単純承認に該当するとして提訴した事案で、Xの請求を棄却した事例。

・相続債務があることが分からないまま、遺族が被相続人名義の預金から仏壇や墓石を購入することは自然な行動であり「相続財産の処分」に当たるとは断定できないとしたものとして大阪高決H14.7.3があります。

・自己が受取人となっている生命保険で、被相続人の債務を弁済しても、生命保険金は受取人固有の権利であり、処分にあたらないとしたものとして、福岡高宮崎支部決H10.12.22があります。一方で処分にあたるとした事例としては、松山簡S52.4.25、最一小判S37.6.21、東京高判H元.3.27などがあります。

⑵ 民法921条2号(熟慮期間の経過)

・相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったときは、相続放棄ができなくなります。

・熟慮期間内でも、一度承認にすると撤回することができません(民法919条1項)。

・一定の期間、詐欺取消や強迫による取消は可能です(民法919条2項、3項)。相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(民法919条4項)。

先順位の相続人が相続放棄したことにより、相続権が発生する場合があります(例えば、子供が相続放棄したことにより、兄弟に相続権が発生する場合など)。この場合の熟慮期間の起算点は、先順位の相続人全員が相続放棄等により相続権を有しないことを知った時と解されます(神戸地判S62.11.17)。

・長年音信不通であった被相続人の債権者から、いきなり相続人に請求がきたようなケースで、「限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、」熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきとされています(最判S59.4.27)。
同種の事案として、大阪高決S54.3.22、東京高決H19.8.10、東京高決H26.3.27、福岡高決H27.2.16などがあります。
再転相続人による相続放棄について、同種の判断を含めて判断したものとして東京地判R1.9.5があります。

高松高決H20.3.5 相続人が調査を尽くしたにもかかわらず、債権者からの誤った回答により債務が存在しないものと信じて熟慮期間が経過した場合、相続人において、遺産の構成につき錯誤に陥っているから、その錯誤が遺産内容の重要な部分に関するものであるときは、錯誤に陥っていることを認識した時点を熟慮期間の起算点とすることができるとした裁判例

東京高決1.11.25 相続人代表者が相続放棄の申述をしたことにより相続放棄の効果が発生していたと誤解していたことに加え、相続財産の調査が迅速かつ的確に行えなかったことについて年齢や被相続人との従前の関係などからやむを得ない面があるとして、債権者から説明を受けた時点を熟慮期間の起算点とすることができるとしたものとしてがあります。

⑶ 民法921条3号(相続財産の隠匿等)

相続人が相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったときは、相続放棄ができなくなります。

・この場合であっても、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、相続放棄が可能です(民法921条3号)。

・「相続財産」には、消極財産(相続債務)も含まれ、限定承認をした相続人が消極財産を悪意で財産目録中に記載しなかつたときにも、単純承認したものとみなされます(最一小判S61.3.20)。

・隠匿の結果、被相続人の債権者等の利害関係人に損害を与えるおそれがあることを認識している必要がありますが、必ずしも、被相続人の特定の債権者の債権回収を困難にするような意図、目的までも有している必要はないとする裁判例として、東京地判H12.3.21があります。