このページでは、相続放棄の意義や手続についてまとめています。
相続放棄は、比較的なじみのある概念かと思います。
むしろ問題は、相続放棄ができなくなる場合についてもかもしれません(法定単純承認)。その点については、別ページになりますので、以下から移動してください。

1 相続放棄とは?

相続放棄とは、相続が開始後に、相続人が相続の効果を拒否する意思表示をいいます。

・相続放棄をした場合、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。相続人とならなかったものとみなされますので、代襲相続もされません。

・相続放棄をしても遺贈を受ける権利は失われません。遺贈は相続人たる地位である必要がないためです。

熟慮期間内に相続放棄をしなければ、単純承認をしたものとみなされます(民法921条2号

・遺産分割協議は詐害行為取消しの対象となりますが(最判H11.6.11)、相続放棄は詐害行為取消の対象となりません(最判S49.9.20)

2 相続放棄の手続

相続放棄の手続は時系列に以下のとおりとなります。

⑴ 原則的な手続

相続放棄をするためには、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヵ月以内(熟慮期間)に、家庭裁判所に申述をする必要があります(民法915条、938条。 相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算します(民法917条)。

・相続開始前に承認又は放棄の意思表示をしても無効とされています。

・家庭裁判所は、相続放棄の申述を却下すべきことが明らかな場合を除き、これを受理すべきであるとされています(東京高決H22.8.10、仙台高決H8.12.4、福岡高決H2.9.25など)。なお、相続放棄申述を却下した審判に対しては、即時抗告できます(家事事件手続法201条9項)。

⑵ 熟慮期間の伸長

・熟慮期間は家庭裁判所に伸長を請求することができます(民法915条1項ただし書)。

・期間延伸の申立を審理するに当つては、相続財産の構成の複雑性、所在地、相続人の海外や遠隔地所在などの状況のみならず、相続財産の積極、消極財産の存在、限定承認をするについての相続人全員の協議期間並びに財産目録の調整期間などを考慮して審理するのが相当であるとされています(大阪高決S50.6.25)。

⑶ 留意点

・相続放棄申述の受理がされた場合であっても、受理は相続放棄の意思表示を裁判所が公証する行為であるに過ぎませんので、相続放棄の実体要件について、訴訟で争うことが可能です
例えば被相続人の債権者は後日訴訟手続で相続放棄申述が無効であるとの主張をすることが可能です(最判S29.12.24)。

・認知症であった者について、相続放棄の意思が欠けており無効とされた事例として、東京高決H27.2.9があります。

・相続放棄をしても、生命保険の受取人としての地位に影響はないと解されています(東京地判S60.10.25。)。 そして、相続放棄した者であっても、生命保険金等のみなし相続財産を取得した場合や、相続時精算課税の適用を受けていた場合には相続税の納税義務者となります。

・Aの相続につきその法定相続人Bが承認または放棄をする前に死亡した場合、Bの法定相続人Xは、Bの相続について放棄をしていない場合は、Aの相続について放棄することができ、また、Aの相続について放棄をした後Bの相続について放棄をしても、XがAの相続についてした放棄の効力は、遡及的に無効にはなりません(最判S63.6.21

⑷ 再転相続の場合の熟慮期間の起算点について(民法916条)

相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、熟慮期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算するとされています(民法916条)。

例えば、Aが死亡しBが相続権を有していた(第1次相続)にもかかわらず、Aからの相続の承認又は放棄をせずBが死亡した場合(第2次相続)、Bの相続人Cが「自己のために相続の開始があったことを知った時」を熟慮期間の起算点とします。この場合の起算点として、Bが死亡しCがBからの相続の開始があったことを知った時なのか(第2次相続時を基準とするか)、CがBからの相続によりBが承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を自己が承継した事実を知った時なのか(第1次相続時を基準とするか)につき条文上は明確でありませんが、第1次相続時を起算点とするのが判例です(最判R1.8.9)。

最判R1.8.9 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうとした判例 

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Y(実際には債権譲渡がされていて当事者は変更になっています)がA外4名に対し、連帯保証債務の履行として金員の支払を求める訴訟を提起し、認容判決が確定しました。ところが、Aが死亡し、Aの法定相続人がいずれも相続放棄したため、Aの兄弟であるBがAの相続権を有することとなりました(第1次相続)。Bは、自己がAの相続人となったことを知らないまま死亡しXがBの相続人となりました(第2次相続)。
Yが上記判決に基づきXに対して強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受けました。Xは、承継執行文の謄本等の送達により、BがAの相続人であり、XがBからAの相続人としての地位を承継していた事実を知るに至り、XはAからの相続について相続放棄の申述をしました。相続放棄の申述が受理されたXが、相続放棄を異議の事由として、強制執行を許さないことを求める執行文付与に対する異議の訴えをしたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの異議を認めました。
「民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて、丙の認識に基づき、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。
再転相続人である丙は、自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって、当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また、丙は、乙からの相続により、甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの、丙自身において、乙が甲の相続人であったことを知らなければ、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することはできない。丙が、乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず、丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって、甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。
以上によれば、民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。

なお、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点について、乙において自己が甲の相続人であることを知っていたか否かにかかわらず民法916条が適用されることは、同条がその適用がある場面につき、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び同条の前記趣旨から明らかである。」

3 主な関連条文の確認(民法)

民法915条 
 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若し くは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

民法916条
相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

民法917条
相続人が未成年者又は成年被後見人であるときは、第915条第1項の期間は、その法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために相続の開始があったことを知った時から起算する。

民法919条(2項以下省略)
 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。

民法920条 
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。

民法921条
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす
 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

民法938条
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

民法939条
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。

民法940条
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
 第645条、第646条、第650条第1項及び第2項並びに第918条第2項及び第3項の規定は、前項の場合について準用する。