このページでは、相続開始から遺言分割が確定するまでの相続財産の取扱についてまとめています
遺産分割が未了の場合、相続財産は複数の相続人の(準)共有となります(民法898条)。これを遺産共有と言います。ここでは、遺産共有の具体的な内容及び、遺産共有状態の相続財産の使用、保存、変更、管理費用の負担などについて説明をしています。最後に、相続財産に株式が含まれている場合の、議決権の行使方法についても触れています。

なお、遺産分割協議が必要な場合(≒遺言がない場合)を前提としています。遺言があり遺言執行者が選任されている場合は、相続財産の管理は遺言執行者が行います(民法1012条1項)。遺言執行者が選任されている場合については、以下のリンク先をご確認ください。

1 遺産分割確定前の相続財産の性質(遺産共有の性質)とは

⑴ 相続人間の権利関係(遺産共有)の整理

遺産分割が未了の場合、相続財産は複数の相続人の(準)共有となります(民法898条)。これを遺産共有と言います。

遺産共有にも共有の規定(民法249条~263条)が適用されます(最判S30.5.31。具体的な各相続人の管理や使用については、をご覧ください。

遺産分割において共有分割された後に共有物分割請求をすることは可能ですが(民法258条)、遺産共有の時点では共有物分割請求はできません(最判S62.9.4
被相続人(=亡くなった方)が第三者と物(例えば不動産)を共有していた場合、相続開始により、当該被相続人の共有持分は遺産共有の状態となり、かつ共有持分を有していた第三者との間で通常の共有をしている状態になります。つまり、遺産共有と通常の共有が併存することになります。このような場合、遺産共有持分権者を含み共有関係の解消を求める方法は共有物分割訴訟ですが、共有物分割の判決によって遺産共有持分権者に分与された財産の共有関係の解消は遺産分割となります。例えば共有物分割訴訟で遺産共有持分権者に賠償金が支払われた場合の賠償金は、遺産分割によりその帰属が確定されます(最判H25.11.29

⑵ 各相続人は、遺産共有の状態にある共有持分権の登記申請、譲渡などができると解されます。

・相続人の一人が保存行為として、各自が法定相続分を共有持分として登記申請をすることができると考えられます。また、仮に相続人一人の単独名義になっている場合、自己の持分について一部抹消等の請求ができると解されます。

・各相続人は遺産確認訴訟(持分権確認訴訟)を提起することが可能です(最判S61.3.13)。

・各相続人は共有持分権譲渡することが可能です(参考判例:最判S38.2.2)。この場合、民法905条1項「共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。」に基づき、他の相続人は相続分の取戻権を行使できるかが問題となりますが、民法905条は相続分の譲渡につき定めるもので、個別の相続財産(特定の不動産など)の譲渡には適用されません(最判S53.7.13

・被相続人名義の口座に記録された振替社債等の相続人の共有持分に対して、相続人が債権者が行った差押命令が振替株式等について相続人名義の口座に記録等がされていないことをもって違法ということはできず、及び譲渡命令をすることができないとはいえないとされています(最判H31.1.23)。

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「社債等振替法は、振替株式、振替投資信託受益権及び振替投資口(以下併せて「振替株式等」という。)についての権利の帰属は振替口座簿の記録等により定まるものとしている・・・。また、被相続人が有していた振替株式等は相続開始とともに当然に相続人に承継され、口座管理機関が振替株式等の振替を行うための口座を開設した者としての地位も上記と同様に相続人に承継されると解される(民法896条本文)。そうすると、被相続人名義の口座に記録等がされている振替株式等は、相続人の口座に記録等がされているものとみることができる。このことは、共同相続の場合であっても異ならない。したがって、被相続人名義の口座に記録等がされている振替株式等が共同相続された場合において、その共同相続により債務者が承継した共有持分に対する差押命令は、当該振替株式等について債務者名義の口座に記録等がされていないとの一事をもって違法であるということはできないと解するのが相当である。・・・共同相続された振替株式等につき共同相続人の1人の名義の口座にその共有持分の記録等をすることができないからといって、当該共有持分についての譲渡命令が確定した結果、当該譲渡命令による譲渡の効力が生じ得ないものとはいえない。そして、法令上譲渡が禁止されず、適法に差押命令の対象とされた財産について、これが振替株式等の共有持分であることのみから、執行裁判所が譲渡命令を発することができないとする理由はないというべきである。」

⑶ 相続財産から相続開始後に生じた果実は、各相続人が法定相続分に応じて取得します。

相続財産から相続開始後に生じた果実は、各相続人が、法定相続分に応じて取得します。
例えば、遺産に含まれる不動産から生じる遺産分割前の賃料債権は、法定相続分に従って当然に各相続人は分割単独債権として取得し、後にされた遺産分割の影響を受けないとされています(最判H17.9.8)。

2 遺産共有状態の相続財産の管理等について

⑴ 各相続人の相続財産管理義務

相続人は、承認・放棄するまでは、固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産を管理しなければならないとされています(民法918条。限定承認をした場合も同様です(民法926条)。相続の放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまでは、相続放棄した者も固有財産と同一の注意をもって、財産の管理を継続しなければならないとされています(民法940条1項)。

遺産分割の審判又は調停の申立てがあった場合、家庭裁判所は、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、相続財産管理人を選任することができます(家事事件手続法200条1項)。この場合、相続財産管理人の管理行為と抵触する各相続人の行為は許されないと解されます(東京高判H5.10.28)。

⑵ 相続財産に関する費用は、相続財産から支払われます。

相続財産に関する費用は、相続財産の中から支弁します(民法885条1項。例えば、遺産に属する不動産に関する固定資産税、借地料、電気料金、水道料金、火災保険料および下水道使用料などが該当すると考えられます(大阪高決S41.7.1)。

管理費用を特定の相続人が拠出した場合、当該相続人は、他の相続人に相続分に応じて費用償還を求償することが可能です。仮に、遺産分割手続の中で精算されない場合は、管理費用を拠出した者は、手続外で請求していくことになります(札幌高決S39.11.21、東京地判H10.6.25)。

⑶ 使用行為:各相続人は遺産共有状態の相続財産を、相続分に応じて使用可能です。

各相続人は、遺産共有状態の相続財産を、相続分に応じて使用可能です(民法249条

少数持分しか有しない相続人が相続建物を占有している場合、他のすべての相続人らがその共有持分を合計すると、その価格が共有物の価格の過半数をこえるからといつて、当然に多数持分を有している相続人らが明け渡しをできるわけではありません(最判S41.5.19)。

相続開始前から被相続人の許諾を得て相続財産である建物において被相続人と同居してきた相続人は、原則として遺産分割終了までの間は、無償で居住できます最判H8.12.17
また、被相続の配偶者は、原則として、遺産分割により居住建物の帰属が確定するまでの間、無償で居住することができます(配偶者短期居住権民法1037条以下)。配偶者短期居住権の詳細については、以下のリンク先をご参照下さい。

⑷ 保存行為:各相続人が保存行為を行うことが可能と解されます。

保存行為は、相続人が各自で行うことが可能と解されます(民法252条ただし書。 例えば、共同相続した不動産が相続人1名に所有権移転登記がされている場合、他の相続人は保存行為として右登記全部の抹消を求めることができるとされています(東京高判H7.5.31)。

⑷ 管理行為:相続分に従った持分の過半数で決することができると解されます。

管理行為は、相続分に従った持分の過半数で決することができると解されます(民法252条)。

・賃貸借契約の解除(最判S39.2.25)や締結(東京高判S50.9.29)が管理行為とされています。

⑸ 変更行為:相続人全員の同意が必要です。

変更行為を行うには、相続人全員の同意が必要です(民法251条)。

・共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく共有物を物理的に損傷しあるいはこれを改変するなど共有物に変更を加える行為をしている場合には、他の共有者は、各自の共有持分権に基づいて、右行為の全部の禁止を求めることができるだけでなく、共有を原状に復することが不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、右行為により生じた結果を除去して共有物を原状に復させることを求めることもできます(最判H10.3.24)。

3 遺産分割未了の株式の議決権の取扱

株式は遺産分割の対象となります(東京高判S48.9.17)。そして、相続財産に株式が含まれている場合、遺産分割協議がまとまるまでの間、遺産に属する株式全体が(準)共有の状態になります

そこで、遺産共有の状態における議決権の行使方法などについて問題となります。

⑴ 共有株式の権利行使の方法については明文の定めがあります(会社法106条

会社法106条は株式の共有者の権利行使につき「株式が⑵以上の者の共有に属するときは、共有者は、当該株式についての権利を行使する者一人を定め、株式会社に対し、その者の氏名又は名称を通知しなければ、当該株式についての権利を行使することができない。ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。」と定めます。

なお、権利行使には議決権行使だけでなく、株主総会決議不存在の訴えや合併無効の訴えを提起することなども含まれます。

⑵ 遺産共有の場合も、原則として会社法106条に定める権利行使者の通知は必要とされますが例外があります。

遺産分割未了の間の株主として権利行使方法については以下のように整理されます。

【原則】
遺産共有の状態であっても、特段の事情がない限り会社法106条に定める権利行使者の通知は必要とされています(最判H9.1.28)。

【相続の場合の例外】
相続では、相続人である準共有者間で主導権争いが発生していることがあります。この場合、相続人の一人が株主総会を開催したとして登記などをしてしまった場合、他の相続人が、通知がないがために株主総会無効の訴えなどを提起できないという不都合が発生しえます。
そこで、相続人のうちの1人を取締役に選任する旨の株主総会決議がされたとしてその旨登記されているときや(最判H2.12.4)、相続人の準共有に係る株式が双方又は一方の会社の発行済株式総数の過半数を占めているのに合併契約書の承認決議がされたことを前提として合併の登記がされているとき(最判H3.2.19)に、権利行使の通知を欠いたとしても、他の相続人は株主総会決議不存在確認訴訟や、合併無効の訴えの原告適格を有するとする判例があります。ケースバイケースですが、準共有となっている株主たる相続人間に紛争があり、株主総会を経ずに不当な登記や組織再編がされた場合、通知は不要とされる場合あると考えられます。

最判H3.2.19 「合併当事会社の株式を準共有する共同相続人間において権利行使者の指定及び会社に対する通知を欠く場合であっても、共同相続人の準共有に係る株式が双方又は一方の会社の発行済株式総数の過半数を占めているのに合併契約書の承認決議がされたことを前提として合併の登記がされている本件のようなときは、前述の特段の事情が存在し、共同相続人は、右決議の不存在を原因とする合併無効の訴えにつき原告適格を有するものというべきである。けだし、商法203条2項は、会社と株主との関係において会社の事務処理の便宜を考慮した規定であるところ、本件に見られるような場合には、会社は、本来、右訴訟において、株式を準共有する共同相続人により権利行使者の指定及び会社に対する通知が履践されたことを前提として、合併契約書を承認するための同法408条1項、3項所定の株主総会の開催及びその総会における同法343条の規定による決議の成立を主張・立証すべき立場にあり、それにもかかわらず、他方、右手続の欠缺を主張して、訴えを提起した当該共同相続人の原告適格を争うということは、右株主総会の瑕疵を自認し、また、本案における自己の立場を否定するものにほかならず、同法203条2項の規定の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものとして、訴訟上の防御権を濫用し著しく信義則に反して許されないからである」

⑶ 権利行使者の決定方法についても、相続の場合例外があります。

【権利行使者の決定方法の原則】
権利行使者は、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することのが妥当です(最判H9.1.28、最判H11.12.14)。

最判H9.1.28(有限会社の事案) 「持分の準共有者間において権利行使者を定めるに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができるものと解するのが相当である。けだし、準共有者の全員が一致しなければ権利行使者を指定することができないとすると、準共有者のうちの一人でも反対すれば全員の社員権の行使が不可能となるのみならず、会社の運営にも支障を来すおそれがあり、会社の事務処理の便宜を考慮して設けられた右規定の趣旨にも反する結果となるからである。」

最判H11.12.14(株式会社の事案) 最判H9.1.28を引用し「共有者間において権利行使者を指定するに当たっては、持分の価格に従いその過半数をもってこれを決することができると解すべき」としました。

【権利行使者の決定における、協議の要否について】
相続人間の準共有株式の権利行使者の指定は、最終的には準共有持分に従ってその過半数で決するとしても、議案内容の重要度に応じて相続人間で事前に協議をすることが必要であり、協議を欠くことが権利の濫用として許されないとした裁判例があります(大阪高判H20.11.28)。
協議の要否については学説も分かれています。紛争を避けるという意味では、協議をする機会を設定することが望ましと言えます。

【会社法106条ただし書の適用による権利行使について】
会社法106条は「ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。」と、会社の同意があれば、通知が不要と定めます。しかし、権利行使者の通知がない場合、会社が仮に同意した場合であっても、権利行使につき準共有者間の持分価格の過半数の同意がなければ、権利行使は許されないないとされています(最判H27.2.19)。

最判H27.2.19 共有株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いている場合、株式会社が同条ただし書の同意をしても、権利行使が民法の共有の規定に従ったものでないときは、当該権利の行使は適法となるものではないとした判例

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Y社の発行済株式3000株のうち2000株を保有していたAが死亡し、Aの妹であるXとBが法定相続分である各2分の1の割合で共同相続した。Bは、Yの臨時株主総会において、準共有株式の全部について議決権の行使をした。Yに対し、準共有株式2000株の権利行使者の通知はされていなかったが、Yは総会においてBの議決権行使に同意した。なお、Xは招集通知を受けたが、Yに対し、総会には都合により出席できない旨及び総会を開催しても無効である旨を通知し総会には出席しなかった。そこで、Xが株主総会決議の方法等につき法令違反があると主張して、Yに対し株主総会決議の取消しを請求して訴えたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めました。
「会社法106条ただし書は、『ただし、株式会社が当該権利を行使することに同意した場合は、この限りでない。』と規定しているのであって、これは、その文言に照らすと、株式会社が当該同意をした場合には、共有に属する株式についての権利の行使の方法に関する特別の定めである同条本文の規定の適用が排除されることを定めたものと解される。そうすると、共有に属する株式について会社法106条本文の規定に基づく指定及び通知を欠いたまま当該株式についての権利が行使された場合において、当該権利の行使が民法の共有に関する規定に従ったものでないときは、株式会社が同条ただし書の同意をしても、当該権利の行使は、適法となるものではないと解するのが相当である。そして、共有に属する株式についての議決権の行使は、当該議決権の行使をもって直ちに株式を処分し、又は株式の内容を変更することになるなど特段の事情のない限り、株式の管理に関する行為として、民法252条本文により、各共有者の持分の価格に従い、その過半数で決せられるものと解するのが相当である。」